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クレオパトラは本当に黒人だったのか? 話題の『アフリカン・クイーンズ:クレオパトラ』に言いたいこと

Netflix Does Cleopatra

2023年06月08日(木)14時50分
ジェーン・ドレイコット(英グラスゴー大学古典学講師、新刊『クレオパトラの娘』を昨年出版)
クレオパトラ

クレオパトラの、そして彼女の子供たちの「人種」を問うのは無意味だ COURTESY NETFLIX

<古代エジプトの女王を黒人として描いた話題の新作は、華麗なドラマ部分より専門家の解説に見どころあり>

ネットフリックスの新作歴史ドキュメンタリー『アフリカン・クイーンズ:クレオパトラ』(全4回)の予告編は実に巧妙かつ挑発的だった。

まず制作総指揮が黒人女優ジェイダ・ピンケット・スミスであることを強調し、最後には古典学者でやはり黒人女性のシェリー・ヘイリーを登場させ、こう言わせた。「クレオパトラは黒人だった」と。

予告編は視聴者を釣る餌だから、わざと刺激的に仕立てたらしい。だが、本編の中身はずっと重厚にして複雑だ。

鑑賞に当たっては、2つのアプローチがあり得る。まずは学者の解説など聞き流し、華麗にドラマ化されたクレオパトラの時代と生きざまを楽しむこと。2つ目は、ドラマよりも学者の説明にじっくり耳を傾けることだ。

前者を選んだ人は、きっと消化不良に陥るだろう。

クレオパトラとその家族、そして当時のエジプトの人々を黒人として描いたという選択には、もちろん賛否両論が噴出するはず(それこそ制作サイドの望むところだ)。

そして豪華な(ただし必ずしも時代考証が正確とは言い難い)セットや衣装に目を見張る一方で、台本のお粗末さにも気付くはずだ。役者がどう頑張っても、この欠陥は補えない。

クレオパトラ役のアデル・ジェームズは素晴らしい。うぶな20歳の娘も人生に疲れた40歳の母親も巧みに演じているし、美貌は最後まで衰えない。

逆に、救い難いのは彼女を取り巻く3人の男だ。カエサル(ジョン・パートリッジ)は妙に怒りっぽく、アントニウス(クレイグ・ラッセル)は頼りなく、オクタビアヌス(ジェームズ・マーロウ)は正気を失っている。

ただしドラマを捨てて学者の説明に注目すれば、素敵な発見がありそうだ。古典学や比較文学、古代史、考古学、そして古代エジプト史やヌビア史の専門家が登場し、文献や発掘資料を示しつつ、それぞれの見解を披露している。

予告編に切り出された断片的な発言はセンセーショナルだが、本編ではどの解説者も丁寧に、クレオパトラに関する真実と謎の部分を切り分けて説明している。

クレオパトラがいかに神格化されてきたかも、解説部分で詳細に明かされる。現在のクレオパトラ像は長年、人々が自らの思いや願望を投影して築き上げてきた架空の人物像にすぎない。

そもそも、クレオパトラの母や母方の祖母の出自は知られていない。そしてクレオパトラの横顔を刻印した当時の硬貨以外に、本人と断定するに足る肖像は残っていない。

つまり彼女の顔や肌の色に関する主張は、どれも私たちの勝手な想像でしかないのだ。

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クレオパトラと、彼女の子供たち COURTESY NETFLIX

強みはカリスマ性と資源

クレオパトラの民族的属性も定かでない。彼女はマケドニア人でありエジプト人であり、ローマ人でもあった。

時と場合によって自分の異なるアイデンティティーを使い分けた。それに、今のような人種概念はなかったから、本人は自分を白人とも黒人とも思っていなかったはずだ。

彼女が絶世の美女だったという説にも根拠はない。古代ギリシャの著述家プルタルコスは、クレオパトラの魅力はその強烈なカリスマ性にあったと記している。

ちなみに、歴史家がクレオパトラの美しさを論じ始めるのは、彼女の壮絶な自死から300年以上もたってからのことだ。

そしてこれも大事な点だが、クレオパトラの国は豊かで、天然資源が豊富だった。カエサルもアントニウスも、そしてオクタビアヌスも、自らの政治的・軍事的野心を遂げるために彼女を必要としていたのだ。

古典学者として言わせてもらえば、筆者が本編を見て最高に気になったのは、あまりに現代的なサウンドトラックとカジュアルな登場人物の会話だ。時代錯誤にも程がある。

それでも最初のエピソードは見応えがあった。時代背景を深く読み込んでいるし、予算もたっぷりつぎ込んでいるのが分かる。

しかし残念ながら、2回目、3回目に進むと限界が見えてくる。セットや脇役の影が薄くなり、無理やり話を膨らませている様子が見え、史実よりも現代人の臆測に引っ張られている感じがする。

クレオパトラをひたすら輝かせたかったのだろうが、おかげでほかの登場人物は単なる悪役に成り下がってしまった。

クレオパトラという一人の女性に焦点を当てようとした意図は理解できるし、個人的に評価もする。だがカエサルとアントニウス、オクタビアヌスの3人を単なる引き立て役にしてしまったせいで、かえってクレオパトラの複雑な人物像が見えにくくなった。

それでも最終回の最後には、クレオパトラの娘クレオパトラ・セレネがやがて夫のユバ(アフリカ人である)と共に北アフリカのマウレタニア国を統治し、アフリカの女王になったとの告知が流れる。

正しい。だが残念だ。遠い昔から、私たちは女王クレオパトラの物語を数え切れないほど見聞きしてきた。

しかし彼女以外のアフリカ人女王については、ほとんど何も知らされていない。娘のクレオパトラ・セレネだけでなく、クレオパトラ自身の同時代に生きた隣国クシュ(現在のスーダン北部)のアマニレナス女王についても同様だ。

今の人は、クレオパトラのことなら何でも知っていると思い込んでいる。だから急に実像は違うと言われても、なかなか受け入れられない。

でも彼女以外のアフリカ人女王に焦点を当て、そのドキュメンタリーを作ったら? きっと、みんな見てくれる。

The Conversation

Jane Draycott, Lecturer, Classics, University of Glasgow

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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