最新記事
海外ドラマ

本音を押し殺してきた2人の仁義なきバトル、ドラマ『BEEF』に見る「自分」とは?

Finding You in Your Nemesis

2023年5月18日(木)13時20分
ニルファル・アフメド(英ブリストル大学・社会科学上級講師)
スティーブン・ユァン

ダニー(スティーブン・ユァン)はあおり運転を機にキレまくる ANDREW COOPER/NETFLIX

<あおり運転をきっかけにバトる「成功者」の女性と「負け犬」の男性。相手への怒りが行き着く先とは...Netflixの話題作『BEEF/ビーフ~逆上~』より>

ネットフリックスで独占配信中のドラマ『BEEF/ビーフ~逆上~』(全10話)。タイトルの「ビーフ」とは「ディスり合い」のこと。赤の他人だった男女があおり運転をきっかけに、バトルをエスカレートさせていく。

取るに足りないいさかいが激しさを増すにつれて、怒り、葛藤、放棄、世代間のトラウマの連鎖といったテーマが浮かび上がってくる話題作だ。

2人は一見、全く違う。エイミーは大成功した起業家で億万長者に事業を売却する話を進めている。一方、便利屋のダニーは仕事でも人生でもトラブルばかり。だが見終わって気付くのは、2人の意外な共通点だ。

どちらもひどい苦痛を抱え、それを他人に打ち明けられないと感じている。2人の内に秘めた怒りは抑鬱と恥になって彼らのアイデンティティーを形成し、抑圧された感情は常にはけ口を求めている。

エイミーは売却交渉がまとまるまでの間、無力感にさいなまれる。ダニーも会社の経営権とトラックを従兄に譲渡する際に無力さを感じる。それぞれ内心では交渉決裂と家族の関係悪化を心配しているが、それを口に出せない。

エイミーもダニーも無力感を抱くことにうんざりしている。2人のバトルは力とコントロールを取り戻すチャンスの象徴と化す。

敵の存在は事態をコントロールしている気分にさせる。自分の短所や欲望を敵に投影すれば、自分の怒りのはけ口にできる。その結果、無意味で無力に感じられた人生が意味のあるものになり得るのだ。

「敵」に自分自身を投影

2人が激しくディスり合うのは、お互いの中に自分の影を見ているからだ。エイミーはダニーの中に義憤に燃える人間を、ダニーはエイミーに自立した人生を送る人間を見ている。自分が望んでいながら口に出せないものだから、なおさら怒りが募るのだ。

2人は自分自身の抑圧された部分をコントロールするために戦うが、それでは自分の感情から目をそらすだけ。しかもコントロールするどころか、既に欠陥だらけの自分をさらに追い込むことになる。

最終話でどうしてそんなに怒ってばかりいるのかとエイミーに聞かれて、ダニーはそれはこっちのせりふだと言い返す。次第にお互い似たような経験をしていることが明らかになり、ダニーが言う。

「俺たちはなんでなかなか幸せになれないのかな?」

230523p52_BEF_02.jpg

エイミー(アリ・ウォン)は順風満帆の生活を送っているように見えた ANDREW COOPER/NETFLIX

2人は誤って口にした実の幻覚作用でハイになった結果、自分の感情と向き合い、エゴを捨てて自分の不安や弱さを正直に認められるようになる。互いに相手の軽蔑していた部分が自分自身の抑え付けていた部分だと理解し始める。

フラッシュバックを通して世代間で繰り返されるパターンも浮かび上がり、2人の過去と家族が人格形成にどう影響したかがうかがえる。

エイミーは両親のコミュニケーションの欠如にいら立ち、ダニーは両親の経済的不安に悩んでいるが、大人になった彼らは親たちにそっくりだ。

エイミーの夫の浮気が発覚するが、それは彼女自身の父親の浮気と重なる。実家を訪れたエイミーは母親に父親の裏切りについて話そうとするが母親はそれを止め、その話題はタブーだとほのめかす。

エイミーはセラピストに言う。「両親は確かに私を愛してくれた。自己犠牲という形で」

両親は彼女を養うため働きづめで留守がちだった。犠牲を愛情の尺度にすることは移民の家庭では珍しくない。移民たちは新天地で一からやり直そうと休む間もなく働き、安定した生活をしたい一心で自分の時間を犠牲にした。

だがそのために親が子供の感情に十分寄り添えず、子供は感情的に見捨てられたと感じて将来の人間関係全般に影響しかねない。

親のトラウマが子供にも

こうした経験も、エイミーが躍起になって事業を売却しようとする一因かもしれない。娘と過ごす時間を増やすためだ。彼女は無意識に、娘が昔の自分と同じように親子の断絶を感じ、それが娘の将来の人間関係にも影響するのではないかと案じている。

だが娘は、エイミーの別の行動パターンも受け継いでいる。エイミーのフラッシュバックに登場する魔女のような人物は、彼女の抑圧された恥の表れだ。

幼いエイミーがチョコレートの包み紙をマットレスの下に隠すと、「魔女」は言う。「私はいつもおまえを見張っている。私はおまえの秘密を誰にも話せない。話したら誰もおまえを愛さなくなるだろうから」

エイミーは自分を恥じて本当の自分を知ったら誰も自分を愛さなくなると思い込み、本音を隠して孤立した人生を送るようになる。

そうした抑圧は孤立と鬱状態につながることが知られている。何年もたって、今度はエイミーの娘が同じようにチョコレートの包み紙を隠す。

一方、ダニーも子供の頃、周囲になじめず、独りぼっちになるのを恐れていた。それは大人になっても変わらず、便利屋の仕事に励んでも苦労が絶えず、周囲にもなじめないままだ。

ダニーは韓国に戻った両親に代わって弟ポールの面倒を見ているが、多くの移民の子供が兄や姉に感じる息苦しさといら立ちをポールも感じていて、それがダニーをさらに孤立させる。

ダニーの弟に対する愛情は複雑だ。成功はしてほしいが自分独り取り残されるのは嫌で、弟の大学への願書を捨てるなど、弟をコントロールし操るような行動を取る。

エイミーとダニーの「ビーフ」は、トラウマの連鎖と自己投影に根差している。訳もなくムカつく相手がいる人は、何がそうさせるのか考えてみるべきかもしれない。

The Conversation

Nilufar Ahmed, Senior Lecturer in Social Sciences, CPsychol, FHEA, University of Bristol

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

日本
【イベント】国税庁が浅草で「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産登録1周年記念イベントを開催。インバウンド客も魅了し、試飲体験も盛況!
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国サービス部門の民間PMI、12月は半年ぶり低水

ワールド

金が1%超上昇、ベネズエラ大統領拘束受け安全資産に

ワールド

トランプ氏、ウクライナのロ大統領公邸攻撃「起きたと

ビジネス

米ブリッジウォーター、25年利益は過去最高 旗艦フ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...強さを解放する鍵は「緊張」にあった
  • 2
    アメリカ、中国に台湾圧力停止を求める
  • 3
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 4
    2026年の節目に問う 「めぐみの母がうらやましい」── …
  • 5
    野菜売り場は「必ず入り口付近」のスーパーマーケッ…
  • 6
    ベネズエラ攻撃、独裁者拘束、同国を「運営」表明...…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「対テロ」を掲げて「政権転覆」へ?――トランプ介入…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中