(記事前半を読む:「未来予測」のあるべき姿とは…ジェローム・グレン来日で再燃する未来学と、日本ノードの再構築)
「テクノロジーと指導者の間の溝は、危険なほど広い」
グレン氏はひとつの文書を携えてきた。2024年にミレニアム・プロジェクトが刊行した500ページ超の大著、「State of the Future 20.0」 である。70を超える国家ノード、数千人の専門家が参加するデルファイ調査、リアルタイム専門家パネル、クロスインパクト分析(※)──数十年にわたるグローバル研究の結晶だ。巻頭の献辞は、デルファイ法とクロスインパクト分析の共同発明者として未来研究の方法論に誰よりも大きな足跡を残し、2024年に逝去したテッド・ゴードン氏に捧げられている。
(※・デルファイ法…専門家らへの調査と回答のフィードバックを繰り返しながら意見を集約する手法
・クロスインパクト分析…未来予測の要素的な複数のトレンドが相互に与える影響や確率の変化の分析・評価手法 前編参照)
「未来研究の優しき巨人」。グレン氏がそう呼んだゴードン氏は、かつてアポロ計画のサターンVロケット第3段を担当した宇宙工学者で、その後半生を未来研究に捧げた人物だ。
報告書が描く世界の姿は、楽観でも悲観でもない。良い面からいえば、1980年に人口の過半数が極度の貧困にあった状況は今日10%未満にまで改善され、平均寿命は60歳から73歳超へと伸び、世界識字率は67.6%から88%へと向上した。インターネットへのアクセスを持つ人は2024年4月時点で約55億人に達し、世界経済は過去20年でほぼ3倍に拡大した。
しかし警告の声は切実だ。「科学技術の進歩と政治指導者の認識の間の溝は、危険なほど広い」――報告書のエグゼクティブサマリーにそのまま記されたこの言葉を、来日したグレン氏は東京の場でも繰り返した。2023年の自然災害による損失コストは2800億ドルに達し、今後10年でさらに倍増する見通しだ。AIが生成するディープフェイクや数百万のボットによって、情報戦争が民主主義の社会的結束を侵食しつつある。
オックスフォード大学の調査によれば、組織的なSNS操作キャンペーンに晒された国は2017年の28カ国から、わずか2年後の2019年には70カ国へと急増している。ガバナンスが技術変化の速度についていっていない、というのがグレン氏の一貫した問題意識である。そしてその中心には、人工汎用知能(AGI)への懸念がある。
そうした碩学の叡智が結集した大作より一部を、許可を得たうえで、下記の通り紹介したい。