コラム

飼い主や同居ネコの名が分かる? 2022年に話題となったネコにまつわる研究

2022年12月27日(火)11時20分

実験2では、同じ方法で一般家庭のネコが日頃聞いているヒトの呼び名(お母さん、パパ......など)の音声と写真で調査しました。すると、飼育期間が長い、あるいは同居家族の人数が多いほど、不一致写真を出したときにモニターを見る時間が長いという結果が現れました。飼育期間が長いほど飼い主家族の名前を聞く機会が多く、家族が多いほど互いの名前が頻繁に呼ばれるためと考えられます。

研究を主導した高木佐保研究員は、「ネコがヒトとのコミュニケーションの中で自然と同居する他の個体の名前を覚えていることが分かった。これはネコが、自分が話しかけられていないときも、ヒトとの会話に注意を向けていないとできないこと。ネコはヒトの会話を聞いていないように見えて、実は聞いているんだということを世間に伝えたい」と語っています。

不治の病FIPに新型コロナ治療薬の恩恵?日本は別の治療薬も研究

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、突如として現れ、私たちの生活様式を変えました。コロナウイルスをCOVID-19で初めて知った人も多いかもしれませんが、愛猫家にはネコに不治の病を引き起こす可能性のあるウイルスの名前として、以前から知られていました。

ネココロナウイルス感染症は、飼い猫の約70%が感染しており、時に軽い下痢を起こすくらいで普段は悪さをしません。けれど、運悪く猫の体内でウイルスが突然変異を起こして強毒化すると、猫伝染性腹膜炎(FIP)を起こすことが知られています。

FIPにはワクチンはなく、治療法も確立されていないため、発症した場合は対症療法するしかありませんが、ほとんどは命を落とします。とくに2才以下の若い子猫に発症が多く、進行も早い(無治療の場合、生存期間の中央値は10日程度)という特徴もあります。

実は、高い治療効果が報告されている薬はありますが、日本では未承認です。

米カリフォルニア大学デイビス校の名誉教授であるPedersen博士は2019年、エボラ出血熱などの治療薬として期待される「レムデシビル」の代謝産物であるGS441524が、FIP治療に有望であると発表しました。この論文では、GS441524によって治療したFIPの猫のうち、80%以上に改善が見られたと報告されています。

けれど、特許や企業体制などの問題で、すぐには製品化したり認可を受けたりすることは難しく、先にGS441524に似た成分を無許可に商品化したMutian(現在の名称はXperchonn)などが個人輸入できるようになりました。現在は一部の動物病院で飼い主の責任のもとに処方していますが、84日間の投与で1日あたりネコの体重1キロにつき3000~6000円かかることが多く、100万円を超える薬価もネックになっています。

最近はMutianよりもやや安価な「経口GS441524」も現れ、イギリスやオーストラリアで広く使用されるようになりました。さらに、ヒトの新型コロナ治療薬として認可された後に、特許を持つ製薬会社メルクが21年11月から22年1月にかけて、低中所得国向けにジェネリック薬の製造を35社に許可した「モルヌピラビル」をFIPの治療薬として使う獣医師も増えているようです。モルヌピラビルは、ネコへの投与量などの臨床データが少ないものの、安価なジェネリック薬の恩恵を得てGS441524の10分の1の費用で投与できることが利点です。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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