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ワールドカップ「退屈」日記

「ブブゼラ軍団」を味方につけろ!

2010年06月17日(木)20時06分

 オランダ戦を前にして、日本のテレビは「オランダ戦勝利の秘策とは?」といった話題で盛り上がっているのだろう。でも、べつにオランダには無理して勝たなくていい。3戦目のデンマークに勝ちさえすれば、勝ち点6で文句なしにラウンド16に進めるだろう。

 いちばん怖いのは、互角の勝負を挑んで大量失点で負けることだ。昨年9月の対戦のように0-3で負けたりすると、得失点差の争いになったときに大きく響く。デンマークはオランダに0-2で負けているから、できれば0-1くらいでしのぎたい。

 だが、もうひとつ同じくらい怖いことがある。当日の観客数とその内訳である。

 僕はオランダ戦の会場となるダーバンのスタジアムで、スペイン-スイス戦を見た。優勝候補のスペインを倒したスイスはすばらしかったが、この大会のために新設された7万人収容のスタジアムも本当にゴージャスだった。

 そのスタジアムを見て、大きな不安が頭をよぎった。第1戦のカメルーン戦では、日本人サポーターが非常に少なかった。どんなにひいき目に数えても、ざっと数千人しかいなかった。オランダ戦に合わせて現地に来る日本人サポーターも多いだろうが、それでも1万、2万に増えることはないだろう。

 日本人サポーターが微増という程度なら、あの巨大なスタジアムでは1戦目以上に空席が目立ち、地元・南アフリカの観客が最も多くなってしまう。地元のファンは何をするだろう? そう、よくも悪くも有名になったブブゼラを吹き鳴らす。

 そこで考えたオランダ戦の「秘策」――地元の「ブブゼラ軍団」を日本の味方につけるのだ。

 カメルーン戦では地元ファンのブブゼラが、明らかにカメルーンを応援していた。この大会が「アフリカのワールドカップ」と位置づけられているから、同じアフリカのよしみで応援することになっているようなのだが、とにかく半端ではなかった。ただでさえうるさいのに、カメルーンがチャンスを迎えると強烈に響き渡る。

 僕がいた席のあたりでは、地元ファンが吹きはじめたブブゼラの音に、多くの日本人がぎょっとしていた。聞いたことのないすさまじい音量。彼らがわれわれの味方ではないことは、すぐにわかった。

 カメルーンがドリブルで攻め込むと「ブオオオオオオーーー!」。コーナーキックを取ると「ブオオオオオオーーー!」。日本のサポーターが「ニッポン!」と叫んでも、すぐにかき消される。サポーターの声は選手にほとんど届かない。

 そうはいっても、地元の人たちはそれほど一生懸命にカメルーンを応援しているわけではなかったようだ。「なんだかそういうことになっているみたいだから、いちおう応援しておくか」という雰囲気がなくもなかった。

 その証拠に、日本のリードのまま試合が進むにつれて、カメルーンびいきのブブゼラは迫力が薄れてきた。日本の勝利が見えてきたころには、カメルーンの応援をやめて、「ニッポン!(チャチャチャ)」のコールに合わせて叫びはじめる人までいた。

 日本にくら替えした人たちに節操がないと言いたいわけではない。これこそ、ワールドカップ開催国のファンのあるべき姿だ。せっかくグローバルなパーティーのホストになったのだから、楽しまなくては損をする。

 何よりこの楽しみ方に先鞭をつけたのは、ほかでもなく日本人だ。2002年の日韓共催大会のとき、前後半で応援するチームを変えたり、左右のほおに対戦国それぞれの国旗をペイントする日本人を見て、ヨーロッパや南米のファンは驚いていた。サッカーは国同士がぶつかり合う「ナショナル」なものだったのに、日本のファンには「インターナショナル」な感覚があったからだ。

 南アフリカの人たちの間にも、このインターナショナルな感覚が芽生えている。彼らの力を借りない手はない。スペイン-スイス戦での両国のサポーターの数から推定すると、同じ西ヨーロッパからやって来るオランダのファンは1万人に及ぶ可能性がある。ブルーのシャツの日本人だけでは「オレンジ軍団」に対して勝ち目はない。ブブゼラ軍団を取り込み、混成部隊で対抗するしかない。

 この作戦を遂行する条件は整っている。なぜだかよくわからないのだが、南アフリカの人たちは日本のサッカーに好印象をもっているのだ。

 カメルーン戦の後、僕はブルームフォンテーンのショッピングモールで地元の人たちからずいぶん声をかけられた。「おめでとう。日本のサッカーはシンプルでとてもいい。カメルーンはいろいろ考えて、むずかしくやりすぎた」と、ある男性は言った。「いい試合だった。とくにホンダとカワシマがすばらしかった」と、活躍した選手の名前をちゃんとあげた人もいた。

 日本サッカーには地元ファンを味方につけた実績もある。1968年のメキシコ五輪で銅メダルを獲得した試合だ。3位決定戦の相手は地元メキシコだったのだが、圧倒的に攻めながらゴールを奪えない代表チームにメキシコ人はしびれを切らし、「ハポン! ハポン!」と日本の応援を始めたという。日本はメキシコの猛攻をクリーンなディフェンスでしのぎ、銅メダルに加えてフェアプレー賞も獲得した。

 この作戦を遂行するうえで、ひとつだけ読みきれない要素がある。対戦相手のオランダは、南アフリカの旧宗主国だ。その歴史はどう作用するだろう。

 オランダ系白人を中心とするアフリカーナーは、南アフリカの人口の約5%を占めている。オランダ系の名字をもつ人はたくさんいるし、オランダの名門クラブと同じ「アヤックス」という名のチームも数えきれないほどある。土曜日の試合でも、日本よりオランダに親近感を感じる人は多いかもしれない。

 しかし、われわれが手を結ぼうとしているブブゼラ軍団の主力は、人口の約80%を占める黒人だ。アパルトヘイト政策の下、彼らは長いことアフリカーナーから過酷な差別を受けてきた。彼らのブブゼラが日本びいきにならないともかぎらない。

 さあ、ブブゼラ軍団取り込み作戦を開始しよう。地元の人たちに日本を応援してもらうには、日本代表が見ていて気持ちのいいプレーをすることはもちろんだ。しかし試合を待たなくても、日本のサポーターにはやれることがある。試合前に地元ファンの心をつかむのだ。

 日本人サポーターは試合前夜にダーバンの街で盛り上がるだろう。だが日本人だけでつるんでいる場合ではない。ビールを飲むなら、地元の人たちも巻き込んで飲もう。ターゲットは、ブブゼラ軍団の主力である黒人の若者だ。

 そして、前夜のうちに日本の応援コールを教えてしまおう。「ニッポン! (チャチャチャ)」という最もシンプルなやつがいい。サッカーファンのなかには「あれはバレーボールの応援だよ」と言って嫌う人もいるけれど、非常時の今は目をつぶりたい。コミュニケーションはシンプルなほど効果がある。

 先日のダーバンのスタジアムで、スイスのサポーターが「ハ! スウィッツ! ハ! スウィッツ!」というコールを始めたとき、地元の女の子たちが周りのスイス人に「すみません、なんて言ってるんですか?」と聞いていた。やがて彼女たちは「ハ! スウィッツ!」を始めた。スイスが優勝候補のスペインを倒した裏には、他の文化への関心が高い地元ファンの力もあったかもしれない。

 たしかにダーバンは観光名所が多い。ヨハネスブルクに比べれば、公共の交通機関もはるかに整っていて歩きやすい。天気もいい。とくに、寒かったブルームフォンテーンから来た人たちには、この世の楽園のように思えるだろう。遊びたくなるのは仕方がない。

 でも、もう時間はない。すぐに作戦を始めよう。うまくいけば、ダーバンのスタジアムをホームに変えることができるのだ。

 そして現地にいる僕たちは、スタジアムとホテルと観光地という「ワールドカップ・トライアングル」を巡るだけの旅を、少しだけはみ出すことができる。

*原稿にする前のつぶやきも、現地からtwitterで配信しています。

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BLOGGER'S PROFILE

森田浩之

ジャーナリスト。NHK記者、Newsweek日本版副編集長を経て、フリーランスに。早稲田大学政経学部卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)メディア学修士。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』、訳書に『「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理』など。