最新記事
エネルギー政策

時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリカを「一人負け」の道に導く...中国は大笑い

AMERICA’S DEAD END

2025年10月10日(金)17時55分
スティーブン・レザク(英オックスフォード大学スミス企業環境学院プログラムディレクター)
中国の陸上風力発電施設

中国は陸上風力発電施設もどんどん建設している(広東省) MAPLE90/SHUTTERSTOCK

<トランプは補助金を打ち切るなどしてクリーンエネルギーを軽視する一方、化石燃料を手厚く保護しているが>

冷戦時代のアメリカは、長距離ミサイルや人工衛星など、最先端の軍事技術ををめぐり、ソ連と猛烈に競い合った。だが、21世紀の今、最先端技術のフロンティアはAI(人工知能)と次世代エネルギーへと移り、競争の風景も大きく変わった。

アメリカは、AIの分野では他国を寄せ付けない強さを見せている。ところが次世代エネルギーの分野では、いまだにスタートラインをうろついているレベルにある。その原因は、技術でも、経済でも、安全保障でもない。政治にある。


ドナルド・トランプ米大統領は、2期目の発足以来、大規模な石油・石炭産業優遇策を講じてきた。また、トランプ政権はエネルギー安全保障を理由に、再生可能エネルギーへの支援を縮小して、瀕死の石炭産業を政治的に蘇生させようとしてきた。

だが、現実は違う。2019年以降、アメリカの石油と天然ガス、石炭の生産量は需要を上回っており、余剰分は輸出に回されてきた。これによりアメリカは世界屈指の化石燃料輸出大国となった。つまり、エネルギー安全保障の問題は存在しない。

代わりにアメリカが直面しているのは、エネルギー費の上昇と、気候変動問題の悪化だ。しかもそれは、トランプ政権の化石燃料支援策により、一段と悪化するだろう。

トランプ

トランプは石油増産を促す大統領令に署名した(ホワイトハウス、4月) AL DRAGOーPOOLーSIPAーREUTERS

過去10年の進歩を吹き飛ばす

トランプ政権はこの半年で、それまでの10年間のグリーン産業育成策を覆した。次世代エネルギーのイノベーションを加速させた数十億ドルの税額控除や補助金も廃止された。

これに対して中国は、再生可能エネルギー大国の道をまっしぐらに進んでいる。とりわけ風力発電と太陽光発電、そして次世代バッテリーの分野に力を入れており、24年に新たに設置された風力発電施設と太陽光発電施設の数は、それ以外の全世界の合計を上回った。

中国にとってうれしいことに、世界一のクリーンテクノロジー大国の座をめぐり、手ごわい競争相手になると思われたアメリカは、自ら早々に「戦線離脱」してしまった。

今やクリーンエネルギー商品の要となるリチウムイオン電池の約5分の1は中国製だ。最先端のバッテリーの多くも、中国で開発され、中国企業に特許を押さえられている。

トランプが相変わらず、「ドリル、ベイビー、ドリル」(石油を掘りまくれ)」と連呼している間に、中国はリチウムやニッケルといったクリーンエネルギー社会への移行に不可欠の重要鉱物(クリティカルミネラル)の市場を圧倒している。

【動画】議会で「ドリル・ベイビー・ドリル」(石油を掘りまくれ)と訴えるトランプ

アメリカでは、7月に成立した税制改革・歳出削減法案(いわゆるワン・ビッグ・ビューティフル法案)により、一般家庭の光熱費は、35年までに年170ドルのペースで上昇すると予想されている。

その一方で、自然災害による被害は年々深刻になっている(24年の被害総額は1830億ドルに達した)。7月にテキサスを襲った大規模な洪水や、カリフォルニアやハワイの森林火災により、気候変動は一般市民にも無視できない問題になってきた。それなのに政府が化石燃料業界を手厚く支援し続けることは、有権者の納得を得られなくなるだろう。

とっくに勝負はついている

権威主義体制の中国では、米共和党を動かしているような石油への執着心が政治に影響を与える可能性は低い。それに中国指導部は、クリーンエネルギー社会の実現に、環境面よりも経済面でメリットを見いだしている。なにしろ今は、ガスや石炭を使う火力発電所よりも再生可能エネルギーを使った発電施設のほうが、建設費も稼働費も安く済む。

米資産運用会社ラザードの25年6月の報告書によると、最新の大規模太陽光発電所の発電コストは、メガワットアワー(MWh)当たり最大78ドル(多くの場合もっと安い)だが、最新のガス火力発電所では107ドル/MWhにもなり得る。

世界中の電力会社が、クリーンエネルギーを活用して環境汚染を減らすと同時に、利用者の費用負担を減らすアプローチを選んでいる。

中国は数十年前に気候変動危機に気付き、それ以来始めた大規模な投資が、いま大きな成果をもたらしている。現在、中国は世界の電気自動車(EV)生産の半分以上、ソーラーパネル生産の大部分のシェアを握る。

確かにアメリカは、依然として最先端エネルギーの分野では競争力がある。米企業は地熱発電や、バッテリーの再利用方法など多くのエネルギー技術についてイノベーションを起こしている。だが、世界最大のエネルギー生産国の座をめぐる競争は、既に勝負がついたようだ。

トランプに言わせれば、アメリカは1つの競争から離脱して、別の競争に加わっただけかもしれない。だが、業績の面でも、環境面でも、そして倫理面でも、化石燃料産業に未来がないことは明らかだ。

The Conversation


Stephen Lezak, Programme Manager at the Smith School of Enterprise and the Environment, University of Oxford

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ガジェット
仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、モバイルバッテリーがビジネスパーソンに最適な理由
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米9月PPI、前年比2.7%上昇 エネルギー高と関

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、10月は1.9%上昇 ローン

ビジネス

米9月小売売上高0.2%増、予想下回る 消費失速を

ワールド

欧州司法裁、同性婚の域内承認命じる ポーランドを批
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中