最新記事

日本社会

「上級国民」現象を生み出したのは誰だ? ネット炎上研究から人物像をあぶりだす

THE FAVORITISM QUESTION

2020年2月20日(木)12時30分
澤田知洋(本誌記者)

「上級国民」に怒っているのは「中級国民」? ILLUSTRATION BY TAKUYA NANGO FOR NEWSWEEK JAPAN

<「上級国民」という言葉は、誰が書き込み、広めているのか。2月25日号(18日発売号)の本誌は特集「上級国民論」。ネット炎上の「主犯」はどんな人たちなのか、専門家に聞いた>

昨年、東京・池袋で起きた自動車暴走事故の被疑者、飯塚幸三へのバッシングで火がつき、爆発的に拡散した「上級国民」という言葉。そもそもは2015年の東京五輪のエンブレム盗作騒動の炎上を機に生まれたこの言葉が実社会でも認知されるようになるまでに、ネット上での「炎上」が大きな役割を果たしたことは間違いない。thumbnail_20200225issue_cover200.jpg

では、炎上とは具体的にどのような仕組みで起こるのか。「上級国民」という言葉はどのようにして広がったのか。ネットでの炎上を計量経済学の手法で研究する国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一講師に聞いた。

――ネットでの炎上はどのように広まるのか。

炎上のメカニズムは3段階に分けられる。第1にSNSで批判的なコメントが書き込まれる。次に(ページビューで広告収入を稼ぎたい)ネットメディアやまとめサイトがそれを取り上げる。さらにマスメディア、特に最近ネット上の話題をよく取り上げるテレビによって広く伝播する。

帝京大学吉野ヒロ子氏の先行研究によると、炎上をどのように認知したかに関する調査では、回答者の20%がツイッター経由で知ったと答えたのに対し、50%以上はテレビのバラエティー番組経由で知ったと答えたという。ネットの現象といえども、拡散しているのはマスメディアだ。今回も、テレビで(飯塚に対して)批判的な発言をしたコメンテーターもいて、幅広く拡散したのではないか。

――「上級国民」の広がり方は炎上に当たると捉えてよいのか。

難しい。炎上の明確な定義は学術的にも定まっていない。私の定義では「ある事象や人物に対してネット上で批判が殺到する現象」。そういう意味では、少なくとも池袋の自動車事故をめぐる騒動そのものは炎上だ。

――ネットで「上級国民」批判を繰り広げている人たちの動機は。

過去の炎上と同じく、動機は「正義感」だろう。過去の炎上事例を調査したところ、参加者の6-7割は正義感、つまり「許せない」「失望した」という感情をもとに批判的な書き込みをしたと述べている。ただし注意が必要なのは、(一般的に想起される)正義ではなく、個人個人が持っている価値観を軸とした正義だということ。

今回の池袋の事故に端を発した炎上のケースだと、いつまでも(被疑者である旧通産省・工業技術院の飯塚幸三元院長が)逮捕されず放置されているように見えたこと、さらに元高級官僚と言う肩書きが「上級国民的」であるということから、(飯塚が)優遇されているのではという思いを生み、そうした「正義感」から批判しているのだろう。

――「上級国民」現象はなぜ広まったのか。

個人的には、「あの人は偉いから逮捕されない」「誰々の親族だから優遇されている」というような「上級国民」的な話は、昔から井戸端会議レベルではあったと考えている。しかし現在は誰もが自由発信できる「一億総メディア」時代で、伝播力が過去と比較にならない。

特にSNSは誰でも見られる「可視性」、リツイートがすぐにできるなどの「拡散力」、そして1回書いたものがいつまでも残り続ける「持続性」、この3つの性質が情報革命以前とあまりに違う。その結果、ネットが世論形成に影響を与えやすくなったということが考えられる。

加えて、中国版ツイッターを分析した先行研究では、「怒り」の感情が伴っている投稿や記事がSNS上で最も伝播しやすいと分かっている。今回の現象も書き込みに怒りが強く出ているので、SNS上での伝播スピードが早かったとみられる。

また、(LINEなどの)メッセージアプリの影響力もばかにならない。私はグーグルと共同でフェイクニュースの研究を行っているが、SNSと比較すると、メッセージアプリの利用時間が長いと、フェイクニュースを拡散する確率は上がってしまう。

自然に情報が入ってくるSNSでは反対意見に触れやすいが、メッセージアプリでは、わざわざ反対意見の人とコミュニケーションをとろうとはせず、似た人とのやり取りの中で情報が共有されていく。こうしたクローズドな空間が、(「上級国民」などの炎上の)伝播に効いているのでは、と考えている。

こうした技術的に伝播しやすい環境に「上級国民」というセンスの良いワード(単語)がポンと降ってきて、よく使われるようになったのではないか。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ダライ・ラマ、「輪廻転生」制度を存続 後継選定で中

ワールド

豪小売売上高、5月は前月比0.2%増と低調 8日の

ビジネス

豪カンタス航空、600万人分の顧客データベースにサ

ワールド

英国へのボート難民、上半期で過去最多約2万人 昨年
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 8
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中