最新記事

事件

「ゴーン劇場」に振り回され続けた13カ月──日仏の司法制度の狭間で

So Many Unanswered Questions

2020年1月15日(水)18時00分
西村カリン(AFP通信記者)

ゴーンがベイルートで行った記者会見はフランスでも「説得力に欠ける」と言われた MOHAMED AZAKIR-REUTERS

<ゴーン事件はいくら取材しても真実が分からず日仏双方の報道に違和感を覚えた>

2018年11月19日。翌日から2週間の有給休暇を取る予定だったが、午後6時過ぎに私の予定は突然キャンセルされた。理由は朝日新聞のスクープだった。「ゴーン日産会長逮捕へ」。この速報を見た私はみんなと同様に驚いた、というか信じられなかった。

日本あるいは世界で一番有名な経営者が、スターになった国で突然逮捕される──ゴーン事件は最初から、現実ではなく映画のようだった。

日産自動車の西川(さいかわ)広人社長(当時)は同日の記者会見で「会社として断じて容認できる内容ではないし、専門家からも重大な不正行為という判断を頂いている。代表権と会長職を解くことを承認すべく、私が取締役会を招集する」と話した。何が起きているか分からず、数週間にわたって取材をしても疑問だらけだった。

そして2019年12月31日の午前6時半。フランスのラジオ局からの電話で「ゴーンさんはレバノンにいるらしい」と言われた。私は「Cʼest pasvrai(嘘でしょ)!」と言ってしまった。

それまでの13カ月間、想像できないことが何度も起きた。4回の逮捕、4回の起訴。変装して東京拘置所を出たゴーンの姿を見たときは現実じゃないようで、笑ってしまった。

記者として、ゴーン事件は最も手こずったものだった。取材をして、あちこちから出た情報を確認するのがほぼ不可能だったからだ。日産からのリークは明らかに思惑があってのものだが、どれくらい信用できるのか。日本のマスコミが報道した検察からのリークも確かめようがない。言うまでもなく、ゴーンのPR担当者や友人、フランス人の弁護人と話した際は、彼は無実だと言われた。本当のところは私には分からないし、ほかの記者も分からないと思う。

にもかかわらず、日本の新聞やテレビで彼はいつも「ゴーン容疑者」や「ゴーン被告」、つまりほぼ犯罪者として紹介されていた。その面では推定無罪の原則が守られていない。フランスではゴーン容疑者ではなく、ゴーン氏と書く。特に通信社は推定無罪の原則を破ることができない。それでもフランスでも、中立的でない記事はたくさん出た。

「人質司法」は使わない

もう1つ困ったことは、日本の司法制度だ。フランスの制度と根本的に違い、どう説明すれば誤解が生まれないかが日々の悩みだった。例えばゴーンが起訴されたと報じるとき、フランス語で意味の近い言葉を使っても、中身は違う。フランスでは起訴の前に「予審開始決定」という段階がある。起訴は「ordonnancede renvoi(裁判所への移送決定)」と書くが、なぜ予審開始決定なしに起訴されるかがフランス人は理解できない。

たとえ個人的に改善すべき点があると思っても、私は記者として、自分の意見ではなく、取材に基づいて記事を書かないといけない。その意味では、フランスでの報道に何度も違和感を覚えた。「日本の司法制度がおかしいから、ゴーンは何も罪がないのに逮捕され起訴された」という内容だ。特に、日本のことを知らないコメンテーターがそんな説明をした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏のインフレ率低下へ、条件整えば利下げも=E

ワールド

米上院、国土安保長官の弾劾訴追却下

ビジネス

首都圏マンション、3月平均価格7623万円 反動で

ビジネス

スウェーデン中銀、5月か6月に利下げも=副総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 6

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 7

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 8

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中