最新記事

外国語

外国語はいくつになっても習得できる(子供より速く)

2018年5月22日(火)18時15分
モニカ・シュミット(英エセックス大学・言語学教授)

大人は一部の文法とアクセントが苦手だがそんなのは些細なこと! Yagi-Studio-iStock.

<子供にはかなわない、というのも嘘。同じ勉強をすれば、年長者のほうが上達が速い。ネイティブ並みに流暢になることもできる>

5月2日に学術誌「コグニション」に第二外国語に関する新たな論文が掲載されると、BBCやデイリー・メール紙、ガーディアン紙などの英メディアは、こぞってこれを取り上げた。10歳を過ぎたら外国語を流暢に喋れるようになるのは不可能――こんな悲観的なメッセージが、大々的に報じられた。

だがこれらの報道はいずれも、論文の真意を伝えるものではなく、報道は全くの間違いだ。

まず、コグニション誌に発表された論文では、「流暢」という言葉は一度も使われていない。それにはちゃんとした理由がある。論文の筆者をはじめ、年齢が外国語の習得に及ぼす影響を研究している科学者たちは誰も「流暢さ」には関心がない。

母国語とは異なる言語が「流暢」という意味は、話す側にとっても聞く側にとっても負担にならず、比較的容易にコミュニケーションがとれるということ。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、発音もアクセントもネイティブレベルではないし、「delightful(嬉しい)」を「delicious(美味しい)」と言ってしまうこともあるが、それでも彼の英語は「流暢」だ。

簡単な文法でつまづく不思議

実際には、誰でも年齢に関係なく外国語に堪能になることができる。それにしても、成人は幼い子どもほど早く習得するのは無理でしょう、という考え方さえも間違いだ。ある外国語について、異なる年齢グループに同じ教育を施せば、短期的にも長期的にも決まって年長者の方が語学力は向上する。何歳になっても、慣用句やことわざなどの難しい構造を含め、外国語のボキャブラリーを習得することは可能だし、ネイティブ同様のレベルを達成することだってできる。

不可解なのは――冒頭の論文にも記されていることだが――年長者の場合、全てではないが一部の文法の習得で年少者より苦労することが多くみえることだ。

例を挙げよう。たとえば英語の場合、主語が三人称単数だと、大部分の動詞は末尾に「s」がつく。主語が「I (私)/ you(あなた) / we(私たち) / they(彼(女)ら)」の場合は「walk」だが、主語が「he(彼)/ she(彼女)」なら「walks」となる。

だが第二外国語を学ぶ多くの人が、ボキャブラリーは驚くほど豊富でも、こうした比較的単純な文法上の決まりについては間違いを重ねる。だが、より若いうちに外国語を学んだ人は、年長者よりも容易に、そうした構造を習得できるようだ。ネイティブ同様のアクセントの習得についても、同じことが言える。

「臨界期」仮説の意味

年長者が、文法上の細かい部分の習得に苦労するのは何故なのか。言語学者たちの意見は、依然として割れている。コグニション誌に発表された今回の研究報告の筆者をはじめ、一部の言語学者は、いわゆる「臨界期」仮説を支持している。脳には語学の習得を可能にする特別なメカニズムがあり、思春期ぐらいの年齢(大部分の人が母国語をマスターする年齢)になるとそのメカニズムの「スイッチが切れる」という考え方だ。

ほかの研究者は、年長者が年少者よりも学習成果がやや劣るのは、年齢を重ねるにつれて起こりがちな環境の変化にあると指摘する。たとえば勉強する時間が減る、学習能力や記憶力全般が低下する、アイデンティティーがより確固たるものになる、などの変化だ。

では、標準的な言語学研究と比べて、コグニション誌に発表された研究は何が新しいのか。それは、前例のない規模のデータセットを使用していることだ。

研究者たちは、ソーシャルメディア上で共有された文法クイズを通じて、70万件近い回答を得た。そのうち3分の2が、英語を第二外国語とする人々からの回答だ。これによって研究者たちは、学習する年齢と上達度合いの関係を、これまでよりも詳しく示すことができた。

年齢は問題じゃない

データを分析した研究者たちは、17歳を過ぎてから英語を学び始めた人の場合、文法クイズの回答の正確さが急激に落ち込むことを発見した。大部分のメディアが大々的に報じた「10歳」よりもずっと後だ。

今回の研究は新しい手法によるもので、今後多くの研究者たちが同様のツールを使い、これまでの研究よりも遥かに多くのデータを収集するだろう。そしてそれらのデータを基に、語学の習得に臨界期はあるのかどうかについての学術的な議論が展開されていくだろう。

だがこうした研究の所見が「外国語を流暢に操れるようになるには、10歳を過ぎてから学習するのでは手遅れであることを示唆している」と伝えるのは、科学的な研究の曲解の最たるものだ。

何歳であれ、外国語を完璧に、流暢に話せるようになることは可能だ。文法やアクセントに多少問題があっても、多くの場合はそれがかえって魅力になる。

新しい言語や楽器を習得しよう。新しいスポーツに挑戦しよう。あるいは、これらのいずれもやらなくたって構わない。だがやるにせよ、やらないにせよ、年齢のために諦める必要はない。

(翻訳:森美歩)

Monika Schmid, Professor of Linguistics, University of Essex

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

マクロスコープ:流動する政界、高市氏と玉木氏の「極

ビジネス

サムスン電子、第3四半期は32%営業増益へ AI需

ワールド

即時利下げ必要ない、11月会合はデータ注視へ=豪中

ビジネス

複数の自動車大手巡り英で大規模裁判、排ガス試験で「
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中