コラム

NBA騒動に学ぶ「かんしゃく国家」中国との付き合い方

2019年10月15日(火)16時00分

NBAを罵倒してもNBAが見たい中国人の心のうちは?(10月10日に上海で行われたエキジビジョンゲーム) Aly Song-REUTERS

<NBAと中国のバトルは単に米中経済の問題でない。中国は国際社会に自分たちの価値観を押し付けようとしている>

今年10月6日から9日までの4日間、中国政府とCCTV(中国中央電視台)、そして一部の民間企業が一丸となってアメリカの一民間団体NBA(全米プロバスケットボール協会)に対する凄まじい包囲戦を展開した。

発端は10月4日、中国でも人気の高いNBAチームであるヒューストン・ロケッツのダリル・モーリーGMが「自由のために戦おう」「香港と共にある」と書かれた画像をツイートしたことだった。

本来、中国国内ではツイッターそのものが遮断されているから、1人のアメリカ人が何をツイートしようと、中国政府や関係者は無視すればいい話である。しかし、中国側は意外に強い反応を示した。

まず中国バスケットボール協会が6日、不当な発言だと反発。同日、在ヒューストンの中国総領事館はロケッツに厳重な抗議を申し入れた。そしてCCTVがロケッツの試合中継の一時中止を決めた。

ロケッツのモーリーGMは実は上述の「問題ツイート」を4日のうちにすでに削除していた。つまり中国側は6日になって、すでに削除されて存在していないはずのツイートに猛反発したわけである。

これを受けて、ロケッツのオーナーであるティルマン・フェルティッタは「モーリーはロケッツの代弁者でないし、我々は政治団体でもない」とツイート。そして渦中のモーリーGMもこの件について再びツイートして、「友人の感情を害するつもりはなかった」と釈明した。

7日にはNBAも反応を示した。中国紙・環球時報(電子版)によると、中国におけるNBAの微博(ウェイボー)公式アカウントは7日、スポークスマンを務めるマイク・バスの声明を掲載した。 声明は「NBAはモーリー氏の不適切なコメントに非常に失望している。彼は中国のファンの感情を著しく傷つけた。」と表明した。

この時点で、ロケッツとNBAの双方が中国に対してはほぼ全面降伏の姿勢を示したが、中国側はそれでも矛先を収めない。ロケッツとNBAの両方から明確な謝罪がないことと、問題のモーリーGMに対する処分がないことを理由に、中国官製メディアのNBA批判が猛烈な勢いで続いた。

その一方、中国に対するNBA側の「降伏」は逆に、アメリカ国内で厳しい批判にさらされていた。民主・共和両党の有力議員たちは続々とツイッターなどで声を上げ、「お金のために中国に屈服してアメリカの価値観を捨てた」と、NBAの対応を批判した。

数十年かけた開拓市場が消える?

こうした中で、NBAコミッショナーのアダム・シルバーは8日、訪問先の東京で記者会見を開き「NBAは選手や職員、オーナーに対し、一連の問題に関する発言を制限する立場にない」との声明を発表し、ロケッツ幹部の発言を擁護した。シルバーは会見でさらに、「表現の自由を支持すること、とりわけNBAコミュニティーに属するメンバーたちの表現の自由を支持することは、NBAが持つ長年の価値観だ」とも強調した。

このシルバーの声明で、中国国内の怒りがまた炸裂した。8日当日、CCTVのスポーツチャンネルは直ちに声明を発表し、NBAの試合中継や関連番組の放送停止を発表。ネットでの動画配信を手かけている大手企業テンセント傘下のテンセントスポーツも、数億人の視聴者がいる試合のネット中継を一時的に停止すると宣言した。

この前後、ロケッツやNBAのスポンサーあるいは業務提携する中国企業25社がいっせいにロケッツ・NBAとの取引中止を発表した。NBAが数十年間をかけて開拓した中国市場が、数日間のうちに全滅しかねない状況だ。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国万科の元建て社債が過去最安値、売買停止に

ワールド

鳥インフルのパンデミック、コロナ禍より深刻な可能性

ワールド

印マヒンドラ&マヒンドラ、新型電動SUV発売 

ワールド

OPECプラス、第1四半期の生産量維持へ=関係筋
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story