コラム

共和党の「希望」ハッカビーが「オスカー女優」ポートマンを攻撃した真意とは?

2011年03月07日(月)12時51分

 アメリカでは「オスカー表彰式」の翌朝は、ニュース各局は当日の「ファッション」についての評価で盛り上がります。今年の「ファッションの女王」として評価が高かったのは何と言っても主演女優賞を受賞したナタリー・ポートマンでした。お腹には受賞の対象となった『ブラック・スワン』の仕事で知り合った振付師のミルピエ氏との間にできた子供がいる、そんな自分を堂々とパープルの「史上最強のマタニティドレス」で包んで登場した姿はやはり多くの人に好印象を与えたのだと思います。

 ところが、この「妊婦姿」にイチャモンをつけた人物がいるのです。他でもありません。2012年の大統領選挙へ向けて、共和党の「希望の星」であるマイク・ハッカビー牧師がマイケル・ネドベドという保守系のキャスターによるラジオ番組の中で、強くポートマンを非難したのです。その内容ですが、司会のネドベドが「ハッカビーさん、未婚なのに妊娠している姿っていうのはどうですかねえ?」と水を向けたところ、ハッカビーはいつもの能弁が更に勢いづいたように延々とポートマンを攻撃したのでした。

 その論旨ですが、なかなか巧妙なものです。「この人はですね、一本映画に出ただけで何億も稼ぐんでしょう。シングルマザーってのは、普通はそんな格好良いものじゃないんですよ。大金持ちの人が籍を入れないで妊娠したとか、それが格好良いとかいうのは、多くの若者に誤ったメッセージを送ることになるんじゃないか、私はそれが心配なんです。シングル・マザーの苦労というのは本当は違うんですよ・・・」といった調子です。

 ハッカビーというのは、前回の2007~08年の予備選で、スーパーチューズデーでも善戦し、最後までジョン・マケイン候補と指名を争った有力候補です。アーカンソー州の知事を経験している一方で福音派の牧師、しかも非常に能弁で切れ味の良いレトリックが身上です。現在、2012年の大統領選へ向けて共和党としては、紛れもないトップランナーであると言って構わないでしょう。

 それにしても、ポートマンという超人気者を「こき下ろす」というのは、彼としても異例の行動です。そこで、今回の事件を聞いて、彼はもしかしたらもう「大統領選にヤル気がない」のではという憶測も出ています。背景には、オバマと対戦して負けては政治生命もキャスターとしての人気も終わってしまうのを心配しているとか、州知事時代に権勢を振るった夫人に頭があがらないそうで、大統領になってその夫人がファーストレディにーになることへは批判が多く、夫妻で投げやりになっているという説などがあります。確かに世論調査では「オバマ対ハッカビー」では勝てるデータは余り出ていないのと、オバマの支持率がジリジリ好転してきているので、ハッカビーとしては悲観せざるを得ないのかもしれません。

 別の見方もあります。マイク・ハッカビーという人が「ナタリー・ポートマン」へのバッシングに走ったというのは、相当に計算の上だという見方です。ポートマンという女優のイメージは、日本ではハリウッドの若手の中では美人女優だとか、『レオン』での子役デビューは鮮烈だったとかいわゆる「芸能人」の典型と思われているようですが、アメリカでは何と言っても「知的な女性」のシンボルなのです。

 それも相当にハッキリしたキャラクターが出来上がっています。「オバマ支持のジェネレーションYを代表する人物」、「ハーバード卒業のインテリ」、「イスラエル国籍を捨てない穏健ユダヤの典型」・・・そんなイメージです。これは、ハッカビーが支持基盤としている「草の根保守」の180度反対と言えます。

 ハッカビーの言う「貧しいシングルマザー」というのは、若くして一時の過ちのために人生を狂わされた女性たちで、ここ数十年は「心貧しき人」の典型として、宗教保守派の「マーケティング」のターゲットになっている層です。自分はそうした不幸な若者の代弁者として、ポートマンという「億万長者のユダヤ系リベラル」は叩くのだというわけです。その威勢の良さを見ると、もしかしたらハッカビーはまだまだヤル気があるという見方も可能だというわけです。

 もう1つ、それでも普通は躊躇する「妊婦姿へのバッシング」に走った背景には、もう1人の「アメリカで一番有名なシングルマザー」への「当てこすり」があるという説があります。その「有名なシングルマザー」というのは、他でもないサラ・ペイリンの長女、ブリストルさんです。母の選挙中に、高校在学中に妊娠を発表し、相手の男性と婚約、婚約破棄、再婚約、再度の婚約破棄を繰り返し、今はシングルマザーであるブリストルさんもまた、有名人を母に持ち、決して経済的には不自由しない生活をしています。

 もしかすると、ハッカビーはポートマンを叩くことで、ブリストルさんとその母親であるペイリンへの「イヤミ」を言っているのかもしれません。そこには、ペイリンの宗教保守主義はニセモノという彼独特の自負が感じられ、「自分こそが福音派のチャンピオン、ペイリンは宗教保守のリーダーではない」という出馬宣言につながるような気配を見ることもできるわけです。

 しかしまあ、ポートマンとしてはとんだ迷惑です。ポートマンという人は、『レオン』における少女が銃を使った暴力に走るという役柄が、アメリカでは社会的非難を浴びる(銃社会のくせに、いやそのために少女の銃による攻撃シーンのタブー度は高いのです)ことで芸能キャリアをスタートさせたこともあって、役柄を通じた自分のイメージには神経を使ってきました。

 例えば『スターウォーズ』での共和制を志向する女王、『V・フォー・ヴェンデッタ』の管理者会に反逆する革命シンパ、といった比較的自分の主義主張に近い作品だけでなく、中西部の保守的な地域の人間を演ずることで「自分は草の根保守の敵ではない」ことをアピールしてきたように思います。例えば『地上より何処かへ』では中西部の不幸な女性が、タチの悪い男性を捨てて自立する過程で「ウォールマート」の中で出産したり、竜巻にあってひどい目にあったりという正にハッカビーが擁護したような女性像を演じています。

 また『コールド・マウンテン』では南部の山間部で暴力に怯える女性を、そして『マイ・ブラザー』では典型的な現代風の「兵士の妻」の造形に成功しており、インテリ女優としての「作ったような」雰囲気は微塵もない、生まれながらの保守的な白人ブロンド女性を自然に演じてもいました。政治的にも「オバマ一筋」ではなく、そもそもはヒラリー支持者であり、ジョン・マケインにも一定の評価をしていたこともあります。

 今回の一件は、そうした彼女なりの「敵を作りたくないという完全主義」が崩された格好であり、ポートマンとしては相当に怒っているのではないかと想像されます。ポートマンは今回のバッシングに関しては「華麗にスルー」という構えですが、もしかするとハッカビーが正式に予備選に出てくるようですと、この事件は何らかの形で蒸し返されるかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米当局、ホンダ車約140万台を新たに調査 エンジン

ワールド

米韓、同盟近代化巡り協議 首脳会談で=李大統領

ビジネス

日本郵便、米国向け郵便物を一部引き受け停止 関税対

ビジネス

低水準の中立金利、データが継続示唆=NY連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 7
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story