コラム

「非常事態宣言」はトランプ独裁への第一歩?

2019年02月15日(金)13時15分

非常事態宣言の発動でトランプが法令や議会のチェックも受けなくなったらどうなるのか  Leah Millis-REUTERS

<トランプ米大統領は、メキシコ国境の壁建設の費用を賄うために「非常事態宣言」を出す構えだ。第二次大戦下の日系人収容所からフィリピン・マルコス独裁までさんざん世界で悪用されてきた「非常事態」を使ってトランプは何をするつもりか>

ホワイトハウスは2月14日、民主党が反対するメキシコ国境での壁の建設を、非常事態宣言によって進めると発表した。しかし、これがトランプ大統領の望む結果をもたらすかは疑問だ。この非常事態宣言には、戦争の可能性や貿易の制限といった無理難題を相手にふっかけて自分のペースに持ち込もうとして、結果的に自分自身が行き詰りやすいトランプ外交との類似性を見て取れるからだ。

アメリカ憲法における非常事態宣言

そもそも、非常事態宣言とは何か。

日本国憲法にはその規定がないが、戦争や大規模な自然災害などが発生した場合、最高指導者に全権を委ねられることは、多くの国が憲法で定めている。国家が存亡の危機にあるとき、最高責任者が法に縛られず行動する権限を議会が認めるのは古代の共和制ローマからの伝統で、アメリカでも歴代大統領によってこれまで31回、国家の非常事態が宣言された。

アメリカ憲法では「大統領は非常事態を宣言できる」とは明記されていないが、多くの条文がそれを暗に認めていると解釈されている。例えば、「公共の安全を脅かす反乱や侵略がない限り、(裁判所の令状なしに拘束されない)人身保護の権利は保障される」という条文は、逆にいえば「反乱や侵略で公共の安全が脅かされる場合には、人身が保護されないこともある」と読める。アメリカのシンクタンク、ブレナン司法センターによると、アメリカ憲法にこうした部分は123カ所あり、これらから「大統領は非常事態を宣言できる」と解釈されているのだ。

この解釈に基づき、非常時における大統領の権限を補強する個別の法律が数多く成立しており、州知事にもその権限が認められているが、「非常事態宣言が12日以上に及ぶ場合は議会の承認が必要」と定められているフランスと異なり、その期限は明確に規定されていない。その意味で、アメリカでは大統領の裁量の余地が大きいといえる。

引き金になった「キャラバン」

非常事態が宣言された場合、憲法より大統領の命令が優先され、大統領の決定に議会の承認は必要なくなる。トランプ氏は非常事態を宣言することで、誰の支持も待たず、メキシコ国境に壁を建設しようというのだ。

トランプ氏の念頭にあるのは、アメリカ合衆国法典第2808条とみられる。この法令では、大統領が非常事態を宣言した場合、国家非常事態法に基づき、国防長官は軍事的な建造物を他の法律に縛られず建設できると定めている。これによって、ジョージ・W.ブッシュ大統領(当時)は9.11後、国土の安全を確保する軍事施設の建設を急ピッチで進めることができた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story