PR〔amazon.co.jp〕

写真の醍醐味は単に目の前にあるものを写すことではない

Q.サカマキ(写真家/ジャーナリスト)が選ぶ「私の写真哲学に火をつけてくれた3冊」

2016年03月15日(火)06時12分
Q.サカマキ(写真家/ジャーナリスト)

apolloicdag-iStock.

人間ドラマの不条理を教えてくれた古典小説

 私にとって写真の醍醐味とは、単に目の前にあるものを写すことではない。むしろ、目に見えない、見落としてしまいそうなもの、とりわけ人間ドラマの不条理を映し出すことだ。コインの表と裏のようなもので、それなしでは人生を語れない。それに眼を向けなければ、人類の進歩もありえないだろう。

 この醍醐味を教えてくれたのは、フランスの小説家アルベール・カミュだった。1942年に発刊された『異邦人』、窪田啓作の名訳(邦訳・新潮社)「きょう、ママンが死んだ。」で始まる小説である。

 初めて読んだのは、ニューヨークに住みだして数年経った1990年前後。イーストヴィレッジのアパートで、通りから聞こえてくるドラッグディーラーの見張り役の声や行き交うパトカーのサイレンを聞きながら夜中に一気に読んだ。

 主人公ムルソーは、社会の非常識のメタファーとして扱われていた。母親の死に大して悲しみもせず、葬式の翌日には海水浴に出かけ、実質出会ったばかりの女性と肉欲に溺れる。「太陽が眩しかった」という理由で、現地のアルジェリア人を撃ち殺してしまう。そして裁判の審理で死刑の判決を受ける。

 非常識は、むしろ主人公を弾糾した検察官、判事、司祭だった。なぜなら、殺された相手はナイフを持っていたし、事件前には、彼の知人を傷つけていた。論理的に考えれば、正当防衛、少なくとも死罪になることはなかった。だが判事たちは、事件そのものよりも、主人公が母親の葬儀で涙を流さなかったことや、翌日に海水浴に出かけ、女性と一夜を共にしたことだけで、彼を反社会的、反キリスト教的、イコール社会から葬るべき人間と断定したのである。

 とはいえ、こうしたプロットだけでは、三文小説になる。だがカミュは主人公に、自分自身のメタファーとして社会への反抗心を持たせた。たとえポーズであっても、母を追悼し、殺人を悔いていれば、結果は変わったかもしれないのに、そうさせなかった。それは、文学性をより昇華させ、「異邦人」の物語とその不条理さに奥行きを与えた。善悪の論理は、より曖昧になったかもしれないが、結果として、行間からにじみ出す不条理そのもののインパクトは一層大きくなったのである。

MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story