2015年のノーベル生理学・医学賞は日本の大村智氏、アイルランドのウィリアム・キャンベル氏、そして中国のトゥ・ヨウヨウ(屠呦呦)氏(84)の3名に授与されました。これまで中国人のノーベル賞受賞といえば、アメリカ国籍の中国系科学者による受賞のほか、中国出身の人としては民主運動家の劉暁波氏やダライ・ラマ14世など中国当局にとってあまり歓迎したくない人たちによる平和賞受賞がありましたが、それ以外では作家の莫言氏の文学賞受賞があったのみでした。中国本土出身でかつ中国で活動している自然科学者が受賞するのはトゥ氏が初めてであり、しかも女性ですから、中国ではきっとお祭り騒ぎだろうと思いきや、そうではありませんでした。

 日本では日本人がノーベル賞に決まったりすると、受賞者の研究内容のみならず、その人の人となり、さらには授賞式の服装や料理に至るまで微に入り細に入り報道されますが、中国ではトゥ氏の受賞について淡々と報じられるばかりで日本のようにフィーバーしてはいませんでした。

 中国にとって待望の受賞であるはずなのになぜ盛り上がらないのだろうと不思議に思っておりましたが、それはどうやらトゥ氏の受賞が、中国の科学界や科学技術行政が期待している分野での受賞ではないからのようです。トゥ氏は中国では有名な科学者ではあったものの、その業績のわりに中国科学界では冷遇されていました。

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 中国の科学技術界における最高の称号は「中国科学院院士」というもので現在777名の院士がいますが、トゥ氏は何度か応募したもののいずれも落選しています。また、トゥ氏は博士号も持たず、海外留学経験もないため、「三無科学者」といういささか不名誉なあだ名までもらっています。そうしたトゥ氏が中国初の自然科学分野でのノーベル賞受賞者になったことは、今までトゥ氏を格下に見ていた院士たちにとっては青天の霹靂だっただろうと思います。

後進性ゆえに中国が逃したロイヤリティ収入

 中国の科学技術行政はこれまでスーパーコンピューター、深海探査、宇宙開発、核融合、iPS細胞など世界の科学技術の先端分野において先進国に追いつき追い越そうと資金と人材を注ぎ込んできました(林幸秀『科学技術大国 中国』中公新書、2013年)。もし仮にこうした先端分野で中国人がノーベル賞を受賞したら、本当にお祭り騒ぎになることでしょう。ところが、トゥ氏が受賞したのは漢方に基づくマラリアの新薬開発という地味な研究分野でした。中国の科学技術官僚は喜んだというよりむしろ困惑しているようです。