中国がトゥ氏の受賞を素直に喜べないもう一つの理由は、トゥ氏が発見した有効成分アーテミシニンを利用したマラリア薬の世界市場がもっぱらスイスのノバルティス・ファーマ社とインドのジェネリック医薬メーカー(Ajanta, Cipla, Ipcaなど)によって牛耳られ、中国はその原料であるクソニンジン(学名Artemisia annua L.)の供給国に甘んじていることです(『経済参考報』2015年10月16日)。
トゥ氏と同時にノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智氏がエバーメクチンの発見によって北里研究所に膨大なロイヤリティ収入をもたらしたのとは対照的に、トゥ氏やその所属機関は、中国で知的財産権という概念が存在しなかった時代にアーテミシニンを開発したがために、ロイヤリティを得ることもできませんでした。
しかし、私はトゥ氏の受賞は中国の科学技術の進むべき道を示唆する大変意義深いものだと考えています。そう考える理由を語る前に、まずトゥ氏の受賞講演やインタビュー(New York Times中文版、2015年10月10日)に基づいてその研究内容を見てみましょう。
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マラリアの薬を開発するプロジェクトがトゥ氏の勤務する中国中医研究院で始まったのは1969年でした。当時は文化大革命の真っ最中で、大学や研究所は機能を停止していましたが、このプロジェクトは毛沢東と周恩来の肝いりで始まりました。というのは、当時ベトナム戦争で北ベトナムを支援し、秘かに軍を派遣していた中国にとって、戦地における兵士のマラリア感染は大きな問題だったからです。
先進国の後追いばかり奨励する危険
プロジェクトのリーダーとなったトゥ氏がまず行ったことは「本草綱目」など漢方の古典を渉猟したり、漢方医を訪ねてマラリアに効く漢方薬に関する情報を集めることでした。「青蒿」という植物がマラリア薬として使われていることは分かったのですが、「青蒿」という分類に属する植物のうちどれが有効なのかがわからず、調査の末にクソニンジン(学名Artemisia annua L.)が最も有効だと突き止めました。さらに、その有効成分の抽出に行き詰っていたとき、東晋時代の書物の記述から、抽出時に加熱しなければうまく行くのではないかというヒントを得ます。こうしてトゥ氏らは有効成分アーテミシニンの抽出に成功し、それとその派生物はマラリアの特効薬として世界中の患者を救いました。
トゥ氏の受賞は中国の科学技術の進むべき道を示唆していると私が考える理由は二つあります。