グリーアがローサイでの仕事に生きがいを見出していたとき、プリンストン大学を卒業してマニラで働いていたコリーの家族に悲劇が訪れる。母が事故で弟を轢き殺すという事件で母の精神状態は不安定になり、父は母を見捨てて故郷のポルトガルに戻ってしまう。生活能力を失った母の面倒をみるために、コリーは仕事を辞めて実家に閉じこもる。

グリーアとコリーが高校生の頃に計画した将来は崩壊し、グリーアは仕事に没頭する。その甲斐あってローサイで頭角を現すが、その直後に完璧だと思っていたローサイとフェイスがそうでなかったことを知る......。

『The Female Persuasion』は、読む人の性、年齢、人生経験によって評価が異なる小説であることは間違いない。タイトルの「female persuasion」は、「person of female persuasion(女の種類に属する人)」というユーモアを持って使われた昔の表現から来ていると思うのだが、それにpersuasion(説得力、信念)という意味も含めているのだと思う。このタイトルからも感じるように、読者によって解釈が異なる作品だと思う。

残念ながら読む男性は少ないだろうし、若い女性は「生ぬるいフェミニズム」だと感じるかもしれない。フェミニズムは、それを敵視する人々が想像するような一枚岩ではないのだ。実際に、「読むなら『The Power』のほうを薦める」という意見をいくつか目にした。後に語るが、マイノリティの女性が問題視するところもある。

だが、若い頃からフェミニズムについて関心があった私の年代の女性は、きっと真摯で勇敢な小説だと感じるだろう。なぜなら、フェミニズムの「都合が悪い真実」も隠さずに描いているから。

若いグリーアが誰よりも尊敬し、憧れたフェイス・フランクは、最も有名なフェミニストのグロリア・ステイネムを連想させる存在だ(私はステイネムと会って話したことがあるが、本当に魅力的だった)。トレードマークのスウェードのブーツを履きこなし、若い頃からの美貌を失わず、声を荒げずして主張を通し、人々を魅了する。真っ向からの戦うのではなく、制度の中に入り込んで内部から変えていくことを信じるタイプだ。

そのほうが多くの人々を変えることができるし、長期的には多くの女性を救うことができるとフェイスは信じる。妥協も必要悪だと納得している。「多数を救うためなら少数は犠牲にする」という割り切りもできる人物だ。

そんなフェイスに失望する理想主義者のグリーアも、親友を裏切ったことがある。

フェイスのかつての親友も、大きな矛盾をかかえる女性だ。違法だったときに中絶し、酷い扱いを受けて死にかけたというのに、その過去を隠したまま有名な政治家になり、「中絶合法化反対」のリーダー的存在になる。しかし、女性のこの矛盾した行動は、実社会では珍しいことではない。

フェイスのローサイに出資した男性は、善と悪、本音と建前を持つリベラルだが、ハリウッドから政治家まで、似たような男性は数え切れない。

理想だけでやっていけるほど、この世の中は甘くない。そこをしっかりと語っているところが、ティーンの少女が世界を救う流行りのSFとは異なる。

リベラル急進派の功罪