有名レストランのコート係は、レストランのすべてを裏舞台で学ぶことができる素晴らしい機会なのだが、ティナはキャリア競争に取り残されたと信じて焦る。そんなとき、敵視していたマイケルがティナの働くレストランに現れる。実はマイケルは病気で味覚を失っていて、レストラン評論家としての生命を失う危機に直面していたのだ。

 学生時代から大学の料理出版物で活躍していたティナの味覚とライターとしての能力に注目していたマイケルは、あることを提案する。高級レストランで彼と一緒に食事をし、その感想を伝えてくれというのだ。こうした高級レストランは、ティナや彼女のボーイフレンドの収入ではとても行けない場所ばかりだ。味への貪欲な好奇心と、ニューヨーク・タイムズ紙の評論家から直接学べるという魅力から、ティナはこの「悪魔に魂を売る」仕事を引き受けてしまう。

 著者のトムによると「Food Whore」とは「A person who will do anything for food.(食べ物のためなら何でもする人)」を意味する。小説の中でティナはこの「Food Whore」に成り下がってしまうのだが、そのあたりは『プラダを着た悪魔』の主人公アンドレアとよく似ている。ファッション業界も普通の人にとっては異様な世界だが、グルメ業界も突き詰めるとその異様さはひけを取らない。

 以前、cakes(ケイクス)でも書いたが、フランスでは「ミシュランの星を一つ失うのではないか」という噂だけで悩んで自殺したシェフもいるくらいで、マンハッタンではニューヨーク・タイムズ紙のレストランレビューが恐れられている。

 星を失えば、名誉を失うだけでなく、一晩に何千ドルも費やしてくれる上客を失い、仕事も失いかねない。 だから、高級レストランは覆面で来るレビュワーを毎晩恐れている。

 料理評論家やレストラン評論家はこのように、食べ物を生み出すシェフの運命を動かす神のような存在だ。その神が人々を操ろうとしたら、どうなるのか?

『Food Whore』の面白さは、こうしたグルメ業界の裏側を描いているところだ。著者のトムが、主人公のティナと似たような体験をしてきているグルメだからか、私がファッションより食べ物の方が好きなせいだからか、私にとっては『プラダを着た悪魔』より面白かった。

 ただし日本の読者には、主人公のティナが野心満々で自己中心的すぎるのが気に入らないかもしれない。また、何度も悪い選択をするのに、さほどのツケを払っているような気がしない。挫折はするのだが、傷が浅いうちに立ち直る希望が見えるエンディングは、ちょっと甘すぎると感じた。

 しかし、この小説の神髄は別のところにあるのではないかと私は思っている。