December 22, 2016 Front Page The question was asked by an editor, "Why is it that you go to conflict spaces and bring back images that do not look like what everyone expects them to say?" -- I am paraphrasing here. My answer was something like this, "When I turn up on any assignment, I photograph what I see first. If I see the dad I photograph him. If I see the brother, the uncle, the hardworking breadwinner, I photograph those too. And if by chance the gangster turns up, I photograph him too. I do not go to an assignment with preconceived ideas of what the image is going to look like. A few months ago I had the honour of working with John Eligon @johneligon on a story for the New York Times @nytimes men caught up in both poverty and crime and looking for ways to leave both behind. In this picture Antwine White Aka "Weedy" shows off one of his many scars after being cornered and shot up by rival gang members. The father of 3 year old Aidan was poised, reflective and insightful. His expectations for his son were devoid of the lifestyle he was raised in, however, after getting shot the last time, "Weedy" asked his fellow gang members not to seek revenge as he was willing to try a new way of life for his son. #chicagoportrait #whenlivingisaprotest #streetphotography #streetportrait #makeportrait #makeportraits #leicamp

"Humanist/Activist."さん(@ruddyroye)が投稿した写真 -

アサイメント(撮影依頼)を出したニューヨーク・タイムズ紙の意向に反して、自分の思うように撮ったシカゴの犯罪と貧困のポートレイト。キャプションには「ライバルのギャングに撃たれたが、息子の将来のために、復讐しないよう仲間に求めた父親」と書かれている

 100パーセント同意はできないが、取材に偏見を入れない限り、事実に基づいて作品そのもので自らの信念を語るなら、彼の言うことは確実に一理ある。とりわけSNSの時代に入ってから認められ始めている考え方だ。ジャーナリズムとアクティヴィズムの垣根はあやふやになり、オーバラップするものがかなり増えてきている。

 たとえば、アメリカで頻繁に起こっている、警察官によるまったく非武装の無実の黒人射殺事件の取材。そうした事件は単なる事故や過失の範囲を明らかに超えている。人口比を考慮すれば、白人に対する事件より7倍も多い。だが、今まではこの問題が深く取り上げられることはあまりなかった。あったとしてもすぐに忘れられ続けてきた。ローイはこれらの事件に対して、単に取材しドキュメントするのではなく、"沈黙すべきではない"という明白なメッセージを付け加えて発信しているのだ。

【参考記事】人種分断と銃蔓延に苦悩するアメリカ

 実のところ、彼が活動家であろうがなかろうが、彼の作品を総合的に判断すれば――つまり、写真、キャプション、コメント欄に浮かび上がるテキストを1つのインスタレーション・マルチメディアとしてみるならば――彼の作品は、前代未聞ともいえる偉大な域にある。

 キャプションの多くは、写真の説明としては、例外とも言えるほど非常に長い。だが物語や、被写体に対する彼のアプローチや哲学、信念がしばしば詩的に書かれ、それが自然と心の琴線に触れるのだ。またコメント欄は、それにも増して異彩を放っている。ローイとオーディエンス、あるいはオーディエンス同士が、生のメッセージを吐きあって相互のリアクションを生み出す。他のソーシャルメディアとは比較できないほどのスピードと質を伴って拡散・拡大していき、1つの巨大な生き物のような社会的・政治的アートにもなっているのである。

 むろん、それはインスタグラムというプラットホームが持つシンプルさとスピード、時代性がマッチして生み出されたものだ。しかし、それ以上にローイのとてつもないマルチ感覚と能力の所以なのである。そしてその核は、彼のプロジェクトのタイトル"When Living is a Protest"が示しているように、彼自身の生きざまが抗議の証しになっているということでもあるのだ。

今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Ruddy Roye @ruddyroye

大雪のニューヨーク、教会に行こうとしている足の不自由な女性を手助けする見知らぬ人