どんなに運動神経がよくても、一度もスキーをやったことがない人がすぐ滑れることがないのと同じ。心や体が、新しい作業や環境に慣れて肩の力が抜けるまでは、それなりの時間を充当することが賢明です。

そのためには、生産性を考えず、慣れるべき作業に長時間費やしてもいい環境をまず確保することです。

「わかる」と「できる」は違います。何度も何度も大きな声で挨拶する練習をするから、体が覚えるのです。繰り返し見積書を作成するから、資料作りのコツを覚えるのです。一度にいろいろなものを覚えようとせず、どんな小さな作業も「できる」まで長時間労働することが大事です。

(繰り返しますが、長時間労働=長時間勤務ではありません)

ベテラン社員が成果を出すのに6時間かかったのに対し、若手社員はその3倍の18時間が必要なときもあるでしょう。理由は、スキルや知識、習慣といった「資産」がまだ足りないからです。創意工夫したり試行錯誤するための時間という「資産」をじゅうぶんに蓄積する必要があり、それを減らせば、投入すべき資産の総量が足りなくなって、期待通りの付加価値を出せなくなるのです。

ですから、若者に対しては始めから「生産性」「効率化」を唱えないことです。最近は仕事に「やりがい」を求める若者が増えています。「やりがい」のある仕事を、短時間でマスターできることなどありません。とくにクリエイティビティの高い仕事には、必ず試行錯誤がつきもの。

つまり付加価値の高い「やりがい」のある仕事をしたければ、そこに投入すべき資産(スキルや知識、時間)を多く求められる、ということです。

高度情報化時代となり、どんなに優れたノウハウや仕組みを手に入れられるようになっても、苦労せずに(少ない資産で)何かを成し遂げられることはありません。

以前は一合目から登った富士山を、最近は四合目から登れるようになった、ぐらいのことです。たいした知識もなく、訓練もせず、中途半端な装備で頂上まで到達するほど、正しい成果を出すまでの道のりは甘くありません。

「あたりまえの基準」とは?

長年、絶対達成のコンサルタントをしていて思うことがあります。それは、どんな時代になっても、変わらず目標を達成させる人は「あたりまえの基準」が高い人である、ということです。そのような人は、目標を達成させることが「あたりまえ」だと受け止めているので、他責にすることなく自分のチカラでどんな事態をも打開していきます。

「限界」を「あたりまえ」に