アメリカの書店チェーン大手のボーダーズが破産申請をした2月16日、偶然にも私は電子書籍時代の新しいテクノロジーを話し合うTOC(Tools of Change)という会議に参加していた。

 会議に来ていたのは、ニューヨークを中心とした出版関係者と、電子書籍の技術を開発するテクノロジー関係者たち。ボーダーズのニュースはことに出版関係者にとっては悲報だったようで、会議中はまるで葬式のような暗いムードが漂っていた。

 出版関係者にとって、書店は自分たちが大切に手作りした書籍を読者の前に並べてくれる重要な存在だ。しかもボーダーズは、ミシガン州の大学町の小さな古本屋から起こし、長年家族経営でチェーンを広げていったという歴史がある。本を大切に思い、愛する人々によって育てられてきた書店なのである。現在は、全米に650以上の店舗を構える大企業になっていたが、それでも出版社にとっては同志のような存在だったのだ。

 会議の壇上では、「とても悲しいニュースですが、われわれにはもう前進する道しか残されていません」とある出版関係者が述べていたが、アメリカの電子書籍化はもはや後戻りができないところまで追い込まれている。この会議もそうだが、数週間前に参加した別の電子書籍関連会議でも、参加者が昨年から倍増したそうである。それだけみな必死になっているというわけだ。

 

 電子書籍時代の課題は、出版業界にとっても技術関係者側にとっても山積みで、とてもこの会議だけで話し合えるものではない。だが、それでもいくつかの面白いポイントを拾うことができた。

■デイスカバラビリティーを担保せよ

 たとえば、「ディスカバラビリティー」。発見可能性とでも訳すのだろう。どうやってその書籍のありかを読者が見つけるのかという問題だ。

 商品というものは、それが売れる方法や場所によって形作られるという。これまでの書籍なら、タイトルが面白いのでパラパラとめくってみたとか、目立つ背表紙でつい手にとったとか、そういう行動を誘発する工夫が出版社側でなされていたわけだ。

 だが本屋の書棚がなくなると、目的の本の隣にあったといったようなセレンディピティー(偶発)的な発見方法はなくなってしまう。ロングテールのおかげで、絶版になった本でもそのデータが入手可能にはなるが、それが果たして偶然見つけられるかどうかは別問題だ。

 SEO(検索エンジン最適化)をにらんだタイトルや内容にするなどというセコいアプローチも山ほど出てくるだろう。だが、それよりも、読書に特化したSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)や強力な書評ブロガー、信頼すべき読書サイトなどの存在などによって、電子書籍の新しいエコシステムができてきそうなことは楽しみだ。

 出版社が直接販売に乗り出すという動きも否定できない。日本でも同様だが、アメリカでも出版社は書籍を作るだけ。あとは卸売業者に任せて全国に配本していた。現在の電子書籍流通は、これをインターネットで置き換えただけの姿になっている。中間業者がアマゾン・ドットコムやアップルなど、それぞれの端末のフォーマットに合わせて配本するのだ。
■1曲買いならぬ1章買いも可能に?

 だが、電子書籍時代の出版社はこれではやっていけない。なぜなら読者データを他社に握られたままになるからだ。これまでならば、「どの地方のどの書店で何冊売れました」程度のデータで満足していた出版社も、リアルタイムでユーザー行動を知ることが必須となる次の時代には、そんな悠長なことは言っておられまい。そこで、出版社が自社販売をするようなプラットフォームを開発するテクノロジー企業なども出てきている。

 出版社がどんな選択をするのかは不明だが、アマゾンやアップル、アンドロイドなどのいくつかのプラットフォームに分化して、読者がけっこう不便な思いをしている現在の電子書籍業界図は、まだまだ最終形ではないかもしれない。

 本というひとつのまとまりも、どんどん崩れていくだろう。文脈をより深く理解する検索技術によって、複数の書籍の中味を横断して、最適な内容だけを集めるようなことも可能になる。すでに大学の教科書作りに採用されているらしいが、これは原理上は一般の書籍にも応用可能だ。

 権利売買を自動化し、プリント・オン・デマンドで印刷、製本すれば、自分だけの書籍もできあがる。かなり未来的な話とは言え、音楽で1曲買いが普通になったのと同じく、そのうち本でも1章買いなどというのが出てくるかもしれない。

「境界なき出版」というのが、この会議のサブテーマだ。とかく紙がデジタルになるという書籍のつくりの部分に意識が矮小化されがちだが、電子書籍がもたらす新しい読書体験は、実はもっと大きな変革を経たものになることを覚えておきたい。