<「分からない古典や哲学書にも挑戦しなければならない...」名文記者として知られる朝日新聞編集委員の近藤康太郎氏が説く、読書術について>

私たちは、本を読むのは知見を得て物事を理解するためだと思っている。しかし、本当にそうだろうか? 本を読むからには、分からなければならないのだろうか? 

発売後すぐに重版され、今話題書の『百冊で耕す 〈自由に、なる〉ための読書術』(CCCメディアハウス)は、博覧強記の読書家でもある近藤康太郎氏が文章読本の定番書『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』と対を成す1冊として上梓した。

その近藤氏が述べる、簡単に理解できて情報を得る実用書ばかりでなく、容易に分からない難しい本にも挑むべき理由とは?

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様々な読書メソッドに正解はあるのか

『百冊で耕す』は、読み方のノウハウを羅列しただけのビジネス実用書ではない。「実用書で初めて泣いた」という感想が多く寄せられた前著『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』と違わず、ロジカルかつリリカル。

哲学的に考え抜かれた強固な論理を、「エモ」とは違うエモーショナルな文章で書き、ジャンルを超えた古今の文献を縦横無尽に引き合いにしながら、読者を楽しませる。

さらには、「本を読む」という行為をするすべての者を、リスペクトし、アジテートする。「本を読んでいるあなたは魅力的だ。分からない本でも、大丈夫。さあ、もっと本を読もう!」と。

各章は「速読/遅読」「買う/借りる」「孤独の読書/みんなの読書」と二律背反の方法論で構成されている。

〈読書なんて人それぞれ、勝手に楽しめばいい〉と「はじめに」にある通り、どちらかの方法が正しいのではなく、どちらも正しい。少なくとも一理あると納得させられる。

そして、なぜそのような読み方をするのが良いのか、なぜ古来、人はそういう読み方をしてきたのかを深く掘る。

いつしか、二律背反の方法論は「読むことは愛されること/読むことは愛するということ」といった哲学的なテーマにまで昇華されていく。

 本を読む。その、もっともすぐれた徳は、孤独でいることに耐性ができることだ。読書は、一人でするものだから。ひとりでいられる能力。人を求めない強さ。世界でもっとも難しい〈強さ〉を手に入れる。
 読書とは、人を愛するレッスンだ。

──『百冊で耕す』164ページより(以下、引用はすべて同書)

つまり本書は、読むという行為を多角的に観察し、書物の存在意義、思考するということ、生き方の姿勢さえ問うてしまう、一風変わった思想書でもある。

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