起きてスマホはやめて、15分読書した結果

寝起きにふとんの中でスマホをいじるのは、一日の始め方としては最悪の選択だ。

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身に覚えがある人が多いのではないだろうか? スマホのアラームで起きる。そのまま画面をスクロールしているうちに徐々に覚醒し、気が付けば布団から出る時間になっていた。そしてしばらくして、自己嫌悪に陥る。

朝見ていたコンテンツがすでに思い出せない。大した情報ではなかったせいかもしれない。不毛な時間を過ごしてしまった、と。

こうしたことが起こるのは当然だ。人の時間というもっとも重要で限りある資源を企業が奪い合っているのが現代だからだ。それならば、あえて朝のスマホをやめてみる。それだけで、あなたの人生が変わるかもしれない。

実際、毎朝15分の読書を長年続けてきたことで、自分の人生は変わった。人生が立ち行かなかったとき、毎朝15分、ヘーゲルの『精神現象学』を読んでいた。分からなくてもいい。〈自分を世界につなぎとめる。書物で世界につながる〉。そうすることで、〈自分で自分を、小さく承認できる〉。自身のエピソードとともに、近藤氏はそう説いている。

(略)同じ中毒になるなら活字中毒になりたいと、わたしは思う。(略)

 今日も自分は生きている。世界は壊れていない。そんな驚きと喜びで、一日を始めたい。夜のうちに枕元に本を置いておき、目が覚めたら、寝ぼけまなこでページを繰る。

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SNSやアマゾンにネガティブレビューを投稿する前に

その内容からひとつだけ、難しい本、分からない本への向き合い方について紹介しておきたい。

近藤氏は、「分からない」が世界を切り開くと考えている。逆に「分かる読書」とは、究極的にこういうことかもしれないからだ。

 そもそも、世の中に分かりやすい文章、やさしい文章など、ない。分かりやすい文章とは、読者が分かる範囲で読んでいるだけだ。やさしい文章とは、読者が自分のレベルに引き下げて、やさしく読んでいるだけなのだ。

111ページより

自分が理解できないような本にも挑戦してみたい。しかし、分からないことがこわい。分からないことで自信を失ってしまう。場合によっては、アマゾンなどのネットレビューで「結論が分からない」「つまらない」などと一刀両断する。そういう人こそ、臆せず難解な書物に挑戦してほしい。

分からなくても恥じることはないのである。それよりも、分からないという実感を得ることこそが大切なのだ。そのうえで、分からないという実感を味わい尽くし、自分の糧にする方法を多数紹介している。

問えるわたしは、世界を変える
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