ボチェンスキーは、中国選手団の訪米から25年目の97年に再び中国を訪れた。そのとき中国は、すっかり様変わりしていたという。

「25年がたって、一般市民も外からの情報を得られるようになっていた。私たちが泊まったホテルにはテレビが1台あって、卓球の試合を見ることもできた。それに、みんな携帯電話を使っていた。97年当時、アメリカ人はほとんど携帯電話を持っていなかった」

試合会場の雰囲気も大きく変わっていた。71年には、会場を埋めた2万人の観衆が一斉に拍手を始め、一斉に終わらせたものだった。しかし97年の観客は色とりどりの服を着て、大きな歓声を上げるなど自由に振る舞っていたという。

2022年には北京で冬季五輪が開かれる予定だ。08年に夏季大会を開いた北京は、史上初めて夏冬両方の五輪を開催する都市となる。

22年北京冬季五輪に託すこと

しかしアメリカの一部の政治家は、中国の人権問題などを理由に北京大会のボイコットを呼び掛けている。もっともアメリカの五輪委員会はボイコットに強く反対し、カナダやイギリスの五輪委員会もそれに賛同している。

スポーツに国家間の壁を打ち破る力があることを目の当たりにしたボチェンスキーは、北京冬季五輪でも同じことが可能なはずだと考えている。「大会ボイコットの主張は、アスリートのことを考えていない。スポーツを通じて交流し、互いを理解することはとても大切だと思う。そういうところから共通点を見つけていかないと、世界の大きな問題は解決できない」

10代にして中国を訪問したボチェンスキーは、図らずも「ピンポン外交官」になれたことを誇りに思っている。アメリカの卓球界では今も特別な存在だ。

「私はこれからもずっと、あの『中国に行った女の子』なのよね」

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