Kevin Yao Casey Hall Ellen Zhang
[6日 ロイター] - 中国東部・浙江省で欧州向けにドレスを輸出する寧波騰昇服飾のチェン・リフェン氏は、最近の人民元高で自社製品の価格競争力が低下し、利益率がほぼ失われたと話す。「受注に影響が出ている。もう利益はほとんど残っていない。このまま人民元高が続けば、事業を続けられなくなるだろう」
チェン氏の懸念は、中国政府が抱えるジレンマを浮き彫りにしている。欧州の指導者や国際通貨基金(IMF)は、人民元が依然として過小評価され、中国の輸出企業に不公平な優位性を与えていると主張している。しかし急速な人民元上昇を容認すれば、利益率の低い輸出企業を圧迫し、雇用を脅かすほか、内需が弱い中で数少ない安定した成長のけん引役である輸出を弱体化させかねない、というのが中国当局の懸念だ。
中国人民銀行(中央銀行)は、中国の記録的な貿易黒字は人民元レートではなく、産業高度化による面が大きいと主張している。人民元は今年に入り、対ドルで約5%、対ユーロで約9%上昇した。
こうした中でロイターが取材したアナリストの大半は、当局の動きとして想定されるのはむしろ人民元高を抑えるための小幅な措置だ。ただ、通貨政策の大幅な転換を予想する向きは少なく、より強い人民元を求める貿易相手国との摩擦が強まってもおかしくない。
人民銀行は3日、金融機関に義務付けている外貨預金準備率を引き上げると発表した。これは市場におけるドルの需給を引き締め、人民元に下げ圧力となることから、人民銀行が元の急速な上昇に対する警戒感を示したことがうかがえる。
外貨準備預金率はなお2021年のピーク時より3ポイント低い水準にあり、当局には追加引き上げの余地がある。そのほか、銀行に対して非公式に元安方向へ誘導するよう求めたり、毎日の基準値を元安方向に設定したり、海外投資規制を緩和したり、先渡しのドル買い契約にプレミアムを課したりする手段も考えられる。
招商銀行(CMB)のアナリスト、ディン・ムキャオ氏は「必要であればさらなる調整の余地は残されている」と指摘した。
輸出企業の利益率縮小は、中国が欧州の求める「為替版プラザ合意」に応じる可能性が低い理由でもある。1985年のプラザ合意では米国、日本、西ドイツ、フランス、英国の5カ国が協調介入を行い、ドル相場を大幅に押し下げた。
中国の学界は長年、この合意を米国による強制的な措置と位置付け、日本がその後の長期停滞に陥った一因だと論じてきた。上海高級金融学院のジュー・ニン教授は「中国の政策担当者は、プラザ合意後に日本が経験した衝撃とその結果を十分理解している」と述べた。
<逃げ場なし>
ジュー氏によると、人民元高の打撃を最も受けるのは、繊維や家電など付加価値の低い輸出産業で、これらは最近の輸出拡大を主導している人工知能(AI)関連製造業よりも労働集約的でもある。同氏は「こうした輸出企業は事業規模の縮小や人員削減を迫られ、国内消費にも悪影響を与える可能性がある」と語る。
ゴールドマン・サックスは、今後12カ月で人民元が現在の1ドル=約6.70元から6.40元まで上昇すると予想しており、ジュー氏が指摘する打撃が一層深刻化してもおかしくない。
もっとも、高付加価値産業も決して安泰ではない。弱い国内需要のため、多くの企業は利益を犠牲にしてでも海外市場でシェア獲得を目指しているからだ。
ロイターが時価総額1億ドル(約157億8000万円)以上の中国上場企業5209社を分析したところ、今年上半期の中央値ベースの純利益率は4.9%となった。これに対し、世界の競合企業9733社の中央値は8.9%だった。
ナティクシスの別の調査では、中国政府が戦略産業と位置付ける電気自動車(EV)、電池、太陽光・風力設備、半導体の利益率はわずか2%。アナリストは、この数字でさえ低金利環境によって押し上げられており、売上高の増加よりもコスト削減による部分が大きいと分析している。
ナティクシスはリポートに「中国の次世代成長モデルを担うと期待される産業も、過去の産業と同様に、その財務的健全性を中銀の支援に大きく依存している」と記した。
スタンダード銀行の試算では、インフレ調整後の実効為替レート(REER)で人民元が1%上昇するごとに、輸出企業の平均利益率は約0.3ポイント低下する。
ガベカル・ドラゴノミクスの中国調査副責任者を務めるクリストファー・ベドール氏は、急激な人民元高は輸出企業と成長に即座に打撃を与えると指摘し、「中国の政策担当者は慎重で、そのような賭けには出ない」と語った。
南東部・福建省福州市のプラスチック製品メーカー、福建和信塑膠のチェン・シウジュン会長は、「国内では過剰生産能力と過当競争が続いており、海外顧客を探さざるを得ない」と明かすが、その海外市場でも人民元高に直面している。チェン氏は「もう逃げ場はない」と述べた。
浙江省にある家具メーカー、杭州真宇金属家具を夫と共同経営するフー・ユアンファン氏も、人民元高がさらに進んだ場合に値上げを迫られる可能性に言及した。ただし価格引き上げは販売減少につながるため避けたい考えだ。
フー氏は「顧客が受け入れられる値上げ幅は、例えば2%程度だろう。その差額をどう埋めるか交渉する必要がある」と説明し、その方法として自社で一部損失を吸収したり、より安価な原材料や包装資材に切り替えたりすることが考えられると述べた。
<国内メーカーからは悲鳴>
IMFは7月、人民元の実質実効為替レートは17.3─25.3%過小評価されていると試算した。またドイツのメルツ首相は、過小評価幅を25─30%とみている。人民元はその後上昇したものの、国際決済銀行(BIS)のデータによると、9月時点のREERはなお2022年3月のピークより約14%低い。
こうした人民元の実質的な下落は、西側諸国の政策当局者が「チャイナ・ショック2.0」と呼ぶ現象と重なっている。より高度化した中国製品の輸出攻勢が、各国の産業や雇用を脅かしているという見方だ。
人民銀行は、中国が輸出競争力を高めるための通貨切り下げを追求したことはなく、人民元相場はおおむね市場によって決まり、各種モデルでみても適正水準にあると反論している。
中国経済の不均衡を巡る議論は、経済学者の間でも活発化している。元IMF幹部のギータ・ゴピナート氏、ピエール・オリビエ・グランシャ氏、ロンドン・ビジネス・スクールのエレーヌ・レイ教授らは、為替レートは不均衡の原因ではなく症状に過ぎないとの見解で、内需拡大を伴わない人民元高は、むしろデフレ圧力を強める恐れがあるという。
これに対して米外交問題評議会(CFR)のブラッド・セッツァー氏は、中国政府が輸出支援のために人民元相場を管理しており、より強い人民元は家計の購買力向上につながると訴えている。
一方、浙江省温州市の衛生陶器メーカー経営者の話では、国内製造業者は幾つもの要因で経営を圧迫されている。この経営者は「人民元高に加え、税務や社会保険、労働法令の順守要件が厳格化され、残されたわずかな利益まで着実に浸食されている。利益はもう骨まで削り取られた」と述べた。