Nazih Osseiran Raghed Waked Emilie Madi
[ベイルート 25日 ロイター] - レバノンが壊滅的な金融危機に見舞われてから7年。首都ベイルートのあるレストランが売り出した高額なチキンサンドイッチを巡ってソーシャルメディア上で論争が起きたことで、今なお消費に余裕のある人々と生活に苦しむ人々との格差が、より鮮明に浮き彫りになっている。
健康志向のレストラン「ザ・グロウ・パラダイス」は、カロリーを気にする顧客向けに新商品を発売。地中海東部沿岸地方で広く食されている鶏の串焼き「シシタウーク」のラップサンドを健康志向にアレンジし、「おしゃれ」を意味する単語「シック(chic)」と掛け合わせて「シックタウーク」と名付けた。価格は約13ドル(約2000円)と、ベイルートで一般的なチキンサンドイッチのほぼ2倍の設定だ。
しゃれを込めた商品名で売り出されたこの高額なサンドイッチに対し、多くの世帯が生活必需品の購入にさえ苦しむレバノンでは、高すぎるとの批判が相次いだ。
しかし、ソーシャルメディア上で論争が続く一方、このサンドイッチを求める顧客は絶えなかった。同店のマネジングパートナー、ハラグ・ジェガリアン氏によると、シックタウークはわずか11日間で2万食余りを販売したという。同氏はネット上でのやり取りについて「図らずも宣伝効果を生んだ」と語った。
高額なサンドイッチを巡り相反する反応が起きたことは、レバノン社会に横たわる深い亀裂を浮き彫りにしている。同国は長年にわたる金融の混乱、政治の機能不全、紛争によって社会構造が変化し、中間層の大部分が空洞化した。しかし一方で、豊かな生活を維持できる消費者が少数ながら残っている。
<緊急課題から関心そらす論争>
ベイルートにある聖ヨセフ大学の経済学者、サミ・ナデル氏は、ザ・グロウ・パラダイスに大勢の客が集まっている光景だけで国の実態は分からないと指摘する。
「店舗に人が集まっている様子は見えていても、先月22店のレストランが閉店した事実は目に映らない」とナデル氏は言う。
インスタグラムを頻繁に利用するレバノンの人々の間では、店側が客を搾取していると非難する人々と、このサンドイッチは買える人向けの商品であって問題はないと主張する人々の間で意見が分かれた。
一方で、こうした論争自体が、本来なら優先すべき課題を見誤っているのではないかと疑問視する見方もある。レバノンは、南部の広い地域がイスラエルに占領されているのに加え、慢性的な電力・水不足など、差し迫った危機に直面している。
レバノンでは、支配層による数十年にわたる汚職と放漫財政により、2019年に金融システムが崩壊。その後も紛争が幾度となく発生し、経済の先行きはさらに悪化した。
世界銀行によると、国内総生産(GDP)は19年以降、約40%減少。世界的なエネルギー価格や海運コストの上昇が人々の購買力を圧迫し、インフレ率は17.5%に達すると予想されている。これは国際通貨基金(IMF)が7月に示した世界の総合インフレ率の4倍超だ。
国連児童基金(ユニセフ)は9月、レバノンで、全世帯の約8割が生活必需品を購入するのに苦労していると報告した。
<物価上昇についていけず>
ナデル氏は、レバノンでは中間層が「消滅した」と指摘する。19年の金融システム崩壊、20年のベイルート港爆発、そして2年足らずの間に起きた2度の戦争など、一連の危機によって中間層が解体されたという。
多くの家庭や企業は国内の送電網の機能不全による停電時に、民間の電力業者から電力を購入している。エネルギー省が定めるキロワット時当たりの料金によると、民間電力業者への1カ月当たりの支払いは今年8月だけで20%近く上昇し、2月と比べて60%ほど高くなった。
その結果、多くの人にとって24時間の電力を確保する費用は月に数百ドルへと高騰した。レバノンの最低賃金は月額400ドルだ。
ザ・グロウ・パラダイス近隣のハムラ地区で働くレストラン従業員、フアド・ファフレディンさん(53)は「何もかもが値上がりし、それについていけない。給料を受け取っても、それだけでは生活できず、暮らしていくために借金をするようになった」と語る。
ファフレディンさんは長年の経済不安によって「暮らしを維持できる層」と、「死んではいないが、耐え難い状況の中で死を待つだけの層」という2つの階層が生まれたと表現した。