親の介護で抜け出せない「就職氷河期」

就職氷河期世代の池本晴彦さん(仮名、56歳)は、大学進学を機に親元を離れていたが、今は九州の実家で暮らしている。非正規雇用が長く続き、安定した仕事に就きたいと思いながらも、親の世話をしながらの非正規雇用脱却は困難を極めている。(55ページより)

高校卒業後は出身県外の国立大に通ったが、大学を卒業した1993年はバブル崩壊後の「就職氷河期」が始まっていた時期。それでも新卒採用で小売業の企業に正社員として就職し、30歳になる前にスーパーの店長を務めたという。

ところが、職場環境は厳しく、1日12時間労働は当たり前。そればかりか、米や餅など重い商品の陳列作業で腰を痛めた。残業代も出なかったが、「店長だけが正社員」という状況下では休むこともできなかったそうだ。

結局、身体を壊して退職し、30代半ばからは非正規雇用のまま両親と暮らすことに。非正規雇用の仕事は3〜5年を上限に契約を打ち切られることが多く、晴彦さんは職場を転々とせざるを得ない状況が続いた。

そもそも、地元で正社員の求人があったとしても「月給15万円程度で退職金もなし」というような条件のものばかり。都会に出ればまた違うのかもしれないが、80代の両親も弱っているため、実家から通える範囲でしか探すことができなかったという。

しかも晴彦さん自身の収入は、両親の年金収入を下回る状態だった。

現在、晴彦さんは市役所で非正規の「会計年度任用職員」として働く。9時から16時15分まで。一般事務で庶務や雑用が多く、日給で約7000円。年収では約250万円となる。(56〜57ページより)

4年前の年末には父親が身体の痛みを訴え、総合病院の医師から「すぐに入院するように」と言われた。余命わずかというほど、肺が悪くなっていたのだった。「このまま死なせてくれ」と訴える父親は延命治療も、胃に管を通して栄養をとる「胃ろう」を作ることも拒否する。

痛みや恐怖からか暴れたり、治療や世話を拒絶する言動も見られたが、晴彦さんは「自分が同じ立場だったら、そうしただろう」と思えてならなかったそうだ。

「生きていること自体がリスク」
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