オーストラリアの大学で教える筆者の給料日は隔週水曜日だ。規則正しく振り込まれるサラリーは、翌日にはあらかた消えてしまう。
個人的な懐事情はともかく、古代ローマ帝国を研究する歴史学者としては「サラリー(salary)」の語源が気になる。通説によれば、それはラテン語のサラリウム(salarium 俸給、給付金)。古代ローマ時代、塩(Sal ラテン語でサル)の塊が給与として、兵士に支払われることがあったからだという。
実に整った説明だが、重大な問題点がいくつかある。古代ローマ兵は給与として何を受け取っていたのか、分かっている事実を見てみよう。
古代世界では塩は貴重品で、通貨として広く用いられていた。当時、塩は食品の保存に重要な役割を果たし、持ち運びも容易なため、兵士の給与は塩だったという説が流布したのも不思議ではない。
古典学者のピーター・ゲインズフォードの指摘によれば、言語的にサラリーがサラリウムに由来するのは確かだ。サラリウムと「サル」は関連しているが、古代ローマ兵の給与が塩だったことから派生している証拠はないという。
現存する証拠が示唆するように、当時の兵士が給与として受け取っていたのは硬貨、なかでも銀貨だ。
古代ローマの歴史家リウィウスによれば、軍務の費用を自己負担していた兵士に、国家の責任として定期的に給与が支給されるようになったのは紀元前406年。英語のスタイペンド(stipend 俸給、給付金)の語源であるスティペンディウム(stipendium)だ。年3回の分割払いで、被服費や食料費、さらに自身の葬儀の準備金も差し引かれた額が兵士の手取りだった。
3世紀以上後の紀元前50年、その額は年間225デナリウス銀貨に倍増された(当時、パン1斤の価格は最高4分の1デナリウス)。2世紀末までに、一般的な歩兵は600デナリウスを受け取っていた。
だが時代が下るにつれて、それも十分ではなくなる。特に3世紀に深刻化したインフレのせいで、兵士たちは昇給を要求し、追加の支払いが行われるようになった。代表例が、一種のボーナスである特別給金ドナティブムだ。
定収入があり、ボーナスも見込める軍務は多くの者にとって魅力的な選択肢だった。しかも退役時には、いわば除隊手当として、まとまった額を受け取ることができた。
だが3世紀には銀貨の純度が大幅に低下し、兵士たちはデナリウスの価値を信用しなくなった。こうした事態を受けて、4世紀にコンスタンティヌス帝によって鋳造されたソリドゥス金貨(Solidus)はその後、約1000年にわたって、ローマ帝国の内外で最も信頼性のある通貨単位として流通した。
新たな金貨の恩恵を、とりわけ享受したのが兵士だ。そのため、英語の「ソルジャー(soldier)」はソリドゥスが語源という説も広まっている。だが兵士とソリドゥスの言語学的関係を示す明確な証拠はない。
保存に役立つ塩は、間違いなく兵士にとって不可欠だった。だが、ローマ兵の給与が塩だったという証拠はない。その役目を果たす硬貨が、ちゃんと存在していたのだから。
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Peter Edwell, Associate Professor in Ancient History, Macquarie University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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