※この記事は後編です。前編「ロシアに脅迫され、何者かに家を荒らされ…紛争後のシリアに移住した「唯一の日本人」の3つの仕事」はリンクからご覧ください。
シリアの首都ダマスカスで暮らす唯一の日本人、山田一竹さん(33)。山田さんの自宅から歩いて2分ほどの場所には、建物がほとんど残っていない地区が広がっている。
自宅周辺には今も普通の住宅街が残る一方、かつて反政権側だった一帯に入ると、景色が突然瓦礫の山へと変わる。
「ここがアサド政権支配地域と非支配地域の境界線だったんだ」
そう感じざるを得ないと語る。
長年、シリアについて研究し、支援活動に関わってきた山田さんにとって、実際にシリアで暮らすことは、それまでとはまったく異なる経験だった。
ニュースや報告書、シリア人への聞き取りを通じて知っていた場所が、自分が、仕事をし、食事をし、人と会う「生活の場」になったからだ。
現地に住み始めたことで見えてきたのは、戦争や政治だけでは捉えきれないシリアの姿だった。街で交わす会話や人々との付き合い、買い物や食事といった日常の中にも、シリアが歩んできた時間や、今まさに起きている変化が滲んでいると語る。
前編では、そんな山田さんの生い立ちと、彼が3つ持つ顔のうち、研究者や支援者としての奮闘を伝えた。
この後編では、残るもう1つの顔――日本料理屋の経営者として、そして、一人の生活者としてシリアを見るようになった山田さんに迫る。今、どんな家に住み、どんな生活を送っているのか。なぜ、ダマスカスで日本料理屋をオープンしたのか。
そして、紛争の傷跡が生々しく残るシリアで何を見て、何を感じているのか。