続いて青年期。われわれの世代の青年期は、バブル崩壊と共にスタートする。青年期の一大イベントの大学受験が最も激しかったのは、18歳人口がピークを迎えた1990年代の初頭だが、われわれの頃(1995年受験)も大変だった。大学入学志願者数と大学入学者数をもとに不合格率を計算すると1995年は35%で、3人に1人が不合格。ほぼ「全入」の今とは大きく違う。われわれは、競争のメンタリティーが強く刻印された世代といえるかもしれない。
出口はもっと大変だった。筆者が大学を出たのは1999年だが、経済不況が最も深刻化していた頃だ。1997年に大手の山一証券が倒産し、翌年の1998年にかけて日本の経済状況は急激に悪化(1998年問題)、年間の自殺者数が3万人の大台に達した。その多くが、リストラの憂き目にあった中高年男性だったのはよく知られている。われわれの親世代に当たり、親が失職して経済的に困窮した学生もいたと思う。

学生の就職戦線も厳しく、大卒者の就職率もどん底だった<図2>。その一方で公務員試験の競争率は異常に高く、官民双方への就職が叶わず、行き先がないまま卒業した学生も少なくなかった。<図1>を見ると、大学卒業という4文字の周辺に「フリーター」「ニート」「パラサイト・シングル」といった文字がある。若者の自立困難が進んだことの表れだ。
新卒至上主義の日本では、後から挽回を図ることは難しく、非正規雇用のような不安定な状態に留め置かれている人がわれわれの世代には多くいる。学校から社会への移行期が、空前の不況期と重なったことは大きな不運だった。われわれの世代が「ロストジェネレーション」といわれる所以でもある。
東日本大震災、コロナ禍の社会混乱も
暗雲の青年期が過ぎ、働き盛りの壮年期に入っても、リーマン・ショック、派遣切り、ワーキング・プア、東日本大震災といった、めでたくないタームが軌跡線の近くにみられる。この世代の不遇が認識され、ロスジェネ限定の公務員採用試験が初めて実施されたのは2019年のことだ(兵庫県宝塚市、競争率は500倍超)。ロスジェネも40歳を超えた頃で、「遅きに失する」「もっと早くこういう救済策をやってくれたら」という思いは拭えない。
その後、2020年にはコロナ騒動が起き、国際情勢の不安定化による物価高に見舞われる中年期を過ごしている。大学進学を迎えた子どもの学費負担に苦慮している家庭も多い。<図1>の赤色は「ロスジェネ・ジュニア」の軌跡だが、10代の多感な時期にスマホ(SNS)が急速に普及し、生活態度が不安定化しやすくなるなど、ある意味、不幸な世代とも言える。
ロスジェネも50代になるが、前述のように不安定な状態に留め置かれている人が他の世代と比較して多く、月額で1桁万円しかない年金予定額を知らされては老後の不安におののいている。若い頃に結婚どころではなく、身寄りのない単身者も多い。これまでのような家族依存の福祉は機能しそうにない。福祉の「社会化」を進めるべきだ。この世代は「不安」を抱えた世代だが、同時に社会を変える可能性を秘めた世代でもある。