壮大な外交戦略が一夜にして消え去ることはめったにない。それは多くの場合、言葉遣いの微妙な変化、官僚の干渉、外交上の優先順位の変化を通じて徐々に解体されていく。アメリカのインド太平洋戦略も例外ではない。
10年前、日本の安倍晋三首相(当時)は、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」という構想を打ち出した。インド洋と太平洋を一つの戦略的空間と捉え、特定の大国による地域支配を阻止するため民主主義諸国による連合の構築を目指すものだった。
アメリカもこの構想を取り入れ、休眠状態だった日米豪印4カ国の協力枠組み「QUAD」を2017年に復活させ、インド太平洋地域の勢力均衡を支える柱として位置付けた。
ところが最近、トランプ米大統領は「G2」という考えを打ち出している。アメリカと中国が世界の2大国として直接交渉し、地域および世界秩序を形作ることを前提とした構想だ。
多国間外交より2国間交渉を優先するこのアプローチは、中堅国の戦略的重要性を低下させる。それはアメリカ自身の影響力の弱体化にもつながる。
しかもその持続性は指導者同士の相性や、刻々と変わる思惑に大きく左右される。今はトランプが中国の習近平(シー・チンピン)国家主席に歩み寄っているようだが、明日はどうなるか分からない。要するに、G2は極めて不安定な構想だ。
これもトランプ流の型破りな外交の一例にすぎない、と片付けたくなるかもしれない。だが、トランプ政権はQUADの優先順位を徹底的に引き下げてきた。
最新の国家安全保障戦略でQUADに触れたのはわずか1カ所。米国防総省も主要な戦略空間を「インド太平洋」ではなく、再び「太平洋」と呼ぶようになった。
こうした一連の動きから、トランプ政権下では自由で開かれたインド太平洋戦略が崩壊し始めていることが分かる。