Alistair Smout Sam Tabahriti
[ロンドン 5日 ロイター] - パブのつまみ談義から、自らの見た目をネタにした自虐まで――。英与党・労働党のアンディ・バーナム新首相がSNSに肩のこらない、ひねりのきいた動画を投稿し、この分野で巨大な支持基盤を築いてきた反移民の右派「リフォームUK」などポピュリスト政党に対抗している。
有権者と自然体でコミュニケーションを取るバーナム氏の資質は、労働党がスターマー前首相をあっさりと見限って、マンチェスター市長だったバーナム氏を後任に据えた大きな理由の一つとされる。
バーナム氏は首相就任からわずか2週間で、TikTokやX、インスタグラムに投稿した個性的な動画や投稿が数百万回の閲覧を記録した。専門家は、対立をあおる「クリックベイト(クリックを誘うために思わせぶりな見出しや文章を使う手法)」ではなく、前向きなメッセージを発信することを狙っていると分析している。
もちろん、こうした発信だけで停滞する経済の立て直しや生活水準の改善という課題が解決するわけではない。しかし専門家は、いずれ国民に厳しいメッセージを伝えなければならなくなることを見据え、その前に支持者やフォロワーの基盤を築く好機をつかんだと評価している。
<分断ではなく包摂を目指す>
スターマー氏の戦略広報責任者を務め、TikTokでの勤務経験を持つ、コンサルティング会社ペンタ・グループのジェームズ・ライオンズ氏は、バーナム氏は左派「緑の党」やリフォームUKとは異なるアプローチを取っているとみている。「対立をあおるのではなく、人気を集め、誰も排除しない発信を目指している」と分析。「首相としての職務には極めて真剣に取り組みつつ、自分自身を深刻に扱いすぎないという、非常に難しいバランスを実現している」と評価した。
こうした姿勢は、SNSで多数のフォロワーを抱えるリフォームUKのファラージ党首に対抗する上で強みになるとみられている。ファラージ氏は、移民や犯罪、社会問題をテーマにしたインパクトのある動画を投稿し、フォロワー数はXで230万人、TikTokで150万人、インスタグラムで100万人に上る。
スターマー前首相との「発信力」の差は、リフォームUKが世論調査で大きく支持を伸ばす一因となった。しかし、バーナム氏の首相就任後に実施された初期の世論調査では、次期総選挙まで約3年を残す中、労働党がその差を縮めつつある。
ファラージ氏はパブでビールを注文したり飲んだりする姿を動画で発信することで知られるが、バーナム氏も同様のスタイルを取り入れている。ヒーリー財務相とパブで撮影した動画では飲食店向け減税策をアピールし、Xだけで470万回再生を記録。他のSNSでも数百万回視聴された。
リラックスした雰囲気の中で、首相と財務相がさまざまなスナック菓子を順位付けする企画では、バーナム氏はあまり一般受けしないピクルスオニオン味の「モンスター・マンチ」が好物だと明かし、北イングランド以外でもポテトチップスをサンドイッチの具材にする食べ方があるのかどうかを巡る談義に花を咲かせた。
また、野党・保守党のケイミ・ベーデノック党首から「まつ毛と黒いTシャツだけの男」と皮肉られると、まばたきを繰り返しながら下を見て「実際はダークブルーだけどね」と応じる動画を投稿した。
ライオンズ氏は、議会を離れて9年、政府を離れて16年になるバーナム氏にとって「もう一度、第一印象を作り直す機会」を得たことが追い風になっていると話す。
<労働党はSNS戦略が不可欠>
政治学者らは、オンライン上での発信力は労働党にとって極めて重要だと指摘する。2024年の総選挙で歴史的勝利を収めた後も、政策や公約の実績を国民に十分伝えられていないとの批判を受けてきたためで、スターマー氏は堅苦しい印象だった。
リバプール大学で政治コミュニケーションを研究するロザリンド・サザン上級講師は、これまで労働党はTikTokで「とりとめのないミーム」や興味深い政策関連の投稿をする程度だったが、バーナム氏は「より統一感があり、一貫した戦略」を打ち出しているという。
バーナム氏のSNSでの影響力は依然、ファラージ氏には及ばず、Xのフォロワー数は約73万人、TikTokは45万人、インスタグラムは60万人だ。しかし増加ペースは速く、先週にはTikTokとインスタグラムで1日だけで5万人のフォロワーを増やした日もあった。
リーズ大学でメディアと政治を専門とするケイティ・パリー教授によると、バーナム氏は「政治家と国民の間にある隔たり」を認識しながらも、ファラージ氏と異なる手法を選んでおり、「一部の右派ポピュリスト政治家のような『反政治』の立場ではない」という。
こうした動画は、日常的にスマートフォンを見て過ごす有権者がに直接直接訴えかける機会となるだけでなく、伝統的なメディアでも好意的に取り上げられ、相乗効果を生んでいる。就任1週間の成果を5項目にまとめたシンプルな動画でさえ、TikTokで500万回再生を記録した。
バーナム氏はデジタルコンテンツ制作チームを立ち上げており、英国政府も先週、SNS向けコンテンツ制作や映像制作、デジタル戦略を担当する人材の募集を開始した。年収は4万─8万ポンド(約5万5000─11万ドル)としている。
チーム運営を担うのはアビー・トムリンソン氏。同氏は10代の学生時代に、2015年総選挙で当時の労働党党首エド・ミリバンド氏を支持するミームを拡散させ、一躍注目を集めた人物として知られる。
もっとも、世論調査会社イプソスの英国政治部門ディレクター、キーラン・ペドリー氏は、SNSは政府のメッセージ発信には役立つものの、長期的な評価は有権者が重視する課題で成果を上げられるか、逆風に直面した際にどのように対応するかにかかっていると指摘する。「バーナム氏は議論の主導権を握り、非常に良いスタートを切った」と評価した上で「問題は、この先に困難が訪れた時、それをどう乗り切るかだ」と述べた。