喪失と共に生きるすべを学ぶプロセス
「喪失の悲しみの間、オキシトシン(他者との愛情や絆に関わるホルモン)の値は高くなる」と、スタサラコスは言う。
「オキシトシンは(故人に会いたいという)強い思慕の念をつくり出す。大切な人だからこそ、共に過ごした時間を繰り返し追体験するために近くにいたいと思う」
もっとも、AIが体内の化学反応を引き起こしているわけではない。そうではなくAIは、故人への思慕の念がかき立てられるような状態を維持するのだ。
「それが癒やしにつながるのか、悲嘆の中に人を閉じ込めたままにするのか、私には分からない」と、スタサラコスは指摘する。
ハリソンは、自社のAI技術が受容のプロセスの妨げになるという見方に反論する。
「ベルソナが自然なプロセスのサイクルを断ち切ってしまうと言う人も多い。だが私は、祖母を亡くした時の母の様子を目の当たりにしている。母の精神状態は急激に悪化し、入院した。自傷行為もした。そんな経験をするくらいなら、画面(のアバター)を見続けているほうがましだと思う」
理想的な結果を求めるよりも目の前の実害を減らすほうを優先するというのは、公衆衛生に関する議論ではおなじみの考え方だ。AIが目先の苦痛を和らげてくれるなら、悲嘆を乗り越えるプロセスが改変されてしまう可能性など大した問題ではない──。
一方で、大切な人を失ったことによる悲嘆は、肉体的な痛みとは違って、薬などで消してしまえばいいというものではない、という批判もある。心の痛みは喪失を消化し、喪失と共に生きるすべを学ぶプロセスの一部だというわけだ。
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