2作の社会的な意義

若いころは前に進むだけで精いっぱいで、過去を見つめ直す時間などない。だが、ある年齢に達すると、人は自分が通ってきた道を静かに振り返るようになる。

『TOKYOタクシー』の山田洋次監督は、93歳のときにこの映画を撮影している。もしかしたら、作品の登場人物に深く共感していたのかもしれない。良い悪いではなく、それもまた、年齢を重ねるということなのだろう。人はやがて、自分の人生を外側から眺めるようになる。そして、過去の分岐点をもう一度たどりながら、それでも自分はこの道を生きてきたのだと受け入れていく。

この映画は不自然な物語ではない。むしろ、人生のリアルを、きわめて映画的な形で描いた物語なのだ。

犯罪学的な含意も

さらに、この2作には、社会的な意義もある。

国立長寿医療研究センターの研究によると、過去の話を他人にすることで、脳が活性化し、認知機能が改善されるという。つまり、この映画のような場面を、家庭や地域で意図的に生み出すことができれば、高齢化社会が抱える健康長寿の課題にも、大いに役立つと考えられる。

とすれば、加齢とともに、過去の出来事を思い出す傾向や、それを他人に話したがる傾向が強まるのも、脳による一種の防衛本能なのかもしれない。

ところが、この2作には、犯罪学的な含意もある。

つまり、過去の出来事を思い出す傾向や、それを他人に話したがる傾向につけこむ犯罪があるのだ。話を聞くふりをして高齢者をだます「振り込め詐欺」や、話を加速させて個人情報を漏らさせる「ピンポイント強盗」がそれだ。

また、犯罪学の視点からは、『TOKYOタクシー』が犯罪原因論に傾き、『パリタクシー』は犯罪機会論に寄せていると分析することもできる。というのは、『TOKYOタクシー』では、運転手が置かれた経済的状況が何度も説明されているが、『パリタクシー』では、その点がさらっと触れられているからだ。犯罪原因論は「主観的な動機」を追究する立場であり、犯罪機会論は「客観的な機会」を重視する立場である。

2作が教えてくれること
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