遠い昔の選択を振り返る
人生は選択の連続だ。1本の幹から枝が分かれていくように、人はある時点で1つの道を選び、別の道を捨てて生きていく。そして現在の地点まで来たとき、ふと、遠い昔の分岐点に立ち戻ることがある。
もしあのとき、別の道を選んでいたら。
もしあの人に会わなかったら。
もしあの場所を離れなかったら。
あるいは、もしあのとき逃げずに踏みとどまっていたら。
そうした仮定を思い浮かべることは、年齢を重ねた人間にとって、ごく自然な心の動きだ。
もちろん、過去に戻れたとしても、多くの場合、人はおそらく同じ選択をするだろう。だから過去を振り返ることは、自分の選択を否定することではない。むしろ、自分が選んできた道は間違っていなかったと、確認しようとする行為だ。とはいえ、その一方で、「もし違う道を選んでいたら」という想像を完全に消すこともできない。そこに、人生の切なさがある。
この映画で描かれているのは、まさにそのような時間である。
景色の奥にある自分の人生
物語の女性は、住み慣れた家を引き払い、高齢者施設へ向かう。その途中で、見慣れた街の風景を眺める。彼女にとって、それは単なる景色ではない。東京の風景、あるいは『パリタクシー』におけるパリの風景は、彼女自身の過去を映し出すスクリーンのようなものなのだ。
彼女は景色を見ているのではない。景色の奥にある、自分の人生を見ているのである。
だから、タクシー運転手に過去を語るという設定だけを取り出して、「現実にはありえない」と批判するのは、少し表面的と言わざるを得ない。重要なのは、乗客が初対面の運転手にすべてを語るかどうかではない。彼女が、街の風景を通して、自分の歩んできた道をもう一度たどっているということだ。