<体験学習を政治活動と断じた文科省の反応は過剰だが、一方で高校側の偏った「平和学習」は全く不十分>
沖縄県名護市辺野古沖で同志社国際高校の生徒を乗せた船2隻が転覆し、女子生徒と船長が死亡した事故が問題になっています。この事件に関して、松本洋平文科相は学校に対して、辺野古新基地建設に関する学習が、政治的活動を禁じる教育基本法に反すると指摘したそうです。
これに対して沖縄県の玉城デニー知事は「踏み込みすぎではないか」との見解を示しています。まず確認したいのは、事故を利用して左右のイデオロギーの力比べを行うのは邪道だということです。仮に団体が政治的に偏向しており、生徒に与える経験などの情報が著しく偏っていたのであれば、事故があろうとなかろうと、問題は議論されるべきでした。
それをしないでおいて、事故が起きたことで遺族感情なども巻き込んで、左右のイデオロギー論争を起こすのは全くの筋違いだと思います。事故で人が亡くなっているのに、玉城知事などの言動には遅れが見られましたが、これも不適切で、犠牲者への真摯な態度とは思えません。
同じ理由で、事故を契機に辺野古への反対運動を叩くのも間違っています。事故があろうとなかろうと、賛否両論がある以上は、徹底した議論が必要だからです。
文科相の反応は少々行き過ぎ
一方で松本文科相の談話については、「教育活動の状況に関しては、辺野古への移設工事に関する学習について、現時点で把握した情報からは、政治的活動を禁じる教育基本法第14条第2項に反するものであったと考えております」というものであったと伝えられています。
これも少々オーバーな反応です。同志社国際高校の場合は、その高校名において、あるいは個々人の生徒の名において、抗議活動に参加したのではありません。抗議船に乗って、あくまで抗議する側の様子を体験学習しただけです。
これが政治活動だということになれば、社会科見学で工場や外食の現場で就労体験をしたら営利活動になり、修学旅行で京都などの神社仏閣に行ったら宗教活動になってしまいます。抗議船に乗るとか、反対派の声を聞くというのも全く同じで、それが政治活動になるわけでないと思います。
では、この平和学習というのは問題がないのかというと、それもまた違います。これでは、日本を取り巻く軍事外交の正しい学習にはならないからです。学習活動の一歩として、辺野古の反対派の声をダイレクトに聞く、これは間違っていません。生きた教材になるからです。