経済的な脆弱性と外交の板挟みを抱えながら「中東紛争の仲介」に乗り出したその狙いは
アメリカ・イスラエルとイランの戦争は、中東の勢力図だけでなく、これまで機能してきた地域の仲介の枠組みをも揺るがした。
オマーンやカタールといった従来の調停役がイランによる報復攻撃の対象となり、第三者としての立場を維持できなくなった。その地域の仲介者不在の空白を埋める形で名乗りを上げたのが、パキスタンだ。
この動きが意外だったのは、パキスタンが国際紛争の仲介者というより、むしろ当事者として認識されてきたからだ。
イランと国境を接し、人口約2億5000万人を有する同国は、イランに次いで世界で2番目に多い約2500万人のシーア派人口を抱え、国内世論はイラン寄りとされる。
このためイスラエルによる最高指導者ハメネイの殺害を受けて、アメリカ領事館への突入を試みるデモも発生した。その一方で、対米関係も歴史的に深く、政府は難しい舵取りを迫られている。
国内外の緊張を抱えながらも国際紛争の仲介役を名乗り出たパキスタンだが、その足元は極めて脆弱だ。現在、世界第5位の人口を有する途上国ながら、経済成長は鈍い。
2017年以降のGDP成長率は2〜3%程度にとどまり、パキスタンから独立したかつての同胞バングラデシュの1人当たりGDPが約2700ドルにまで成長しているのに対し、パキスタンは約1500ドルと大きく水をあけられている。