<失踪した娘を探してレイブパーティーに入り込む父と息子が主人公の本作について、詳細は書きたくない。ただ、音響設計がとにかく圧倒的だ>

すぐには入り込めないかもしれない。だって先行きがまったく分からないのだ。

この先、物語はどこに向かうのか。そもそも物語などあるのか。ずっと響き続ける重低音。目を閉じて何かに取りつかれたように踊るパンクなファッションの男や女たち。その中をうろうろと歩く初老の男性と幼い男の子は、誰かを捜しているようだ。

いずれにしても、2人ともレイブパーティーには明らかに場違いだ。それは彼らも分かっている。困惑している。時おり立ち尽くす。でもまた歩き始める。

……先行きが分からないまま、僕は観続ける。男の子がけなげだ。小さな犬も愛らしい。物語は進む。まったく予期できない方向に。そして中盤から終盤にかけて、まだ終わらないでほしいと僕は願う。もっと観ていたい。もっとこの時間が続いてほしい。そう願いながら観続ける。

つまり、すっかり入り込んでいた。自分は今、映画を視聴しているのではない。映画を体験しているのだ。ほとんど常套句になりかけている「映画体験」という言葉を、僕は文字どおりに実感していた。

「映画体験」を実感する
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