なぜ、観客の多くがイスラエル・パレスチナ紛争を思い浮かべたのか。

その理由は、この映画の中心にある構図にある。強大な軍事力を持ち、アメリカの支援を受けた侵略者が、貧しくほぼ無防備な隣国に攻め込む──この構図はあまりにも見覚えがある。

軍事力、国際社会からの免責、「専制からの解放」という大義名分を掲げるボラヴィアの姿は、ガザに対するイスラエルの継続的な爆撃と占領の姿勢と、ぞっとするほど重なる。

戦車とドローンが国境フェンスに並ぶ光景、国旗を握りしめる少年、恐怖の中で逃げ惑う市民、「正義の戦争」と呼ばれながらも支配の実態があらわになる──こうした映像は観客の心に強く残った。

それを「リベラル脳(left-wing brain)」とベン・シャピーロ(編集部注:米保守派の政治評論家)が切り捨てたとしても、フィクションの中で抑圧の構造があらわになるとき、人々が直感的に抱く倫理的な明快さを否定することにはならない。

ネット上では即座に賛否が分かれた。

「これまでで最もあからさまなパレスチナ寄りのブロックバスターだ」と絶賛する声がある一方で、TikTokではクリエイターや活動家が、侵略と抵抗を描く描写のリアルさを評価し、「スーパーマンは反シオニストだ、疑いの余地はない」と断言するユーザーもいた。

「スーパーウォーク(Superwoke)」との批判も
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