暴力の慣習化と内在化の循環の中で、兵士は暴力を「常態」として受け入れ、反対意見を言う能力も意志も失う。

実際、暴力は彼らのアイデンティティーや自己表現の構成要素に化している。これは何世代も続く「遺産」だ。ソ連時代を含めてロシアの軍隊は伝統的に、恐怖と暴力を手段にして敵に降伏を迫り、自軍兵士に服従を強いてきた。

ウクライナの暗い展望

その結果には二面性がある。極度の暴力にさらされ、抵抗を組織する能力もない兵士たちは無力感を覚え、最終的に(戦争犯罪や自爆攻撃を命じられても)言いなりになる。大半の兵士は不満も言わない。この集団的沈黙は暴力の文化の受容ではなく、恐怖のせいだ。反対すれば恐ろしい結果になると分かっている兵士は自衛本能から服従し、どんな命令にもほぼ無抵抗になる。

その一方、自ら積極的に暴力を振るうようになる者もいる。彼らは時に戦時国際法も無視する。ウクライナ侵攻当初、首都キーウ(キエフ)近郊のブチャで民間人を虐殺したロシア軍旅団がいい例だ。

こうした残虐行為に、ロシア政府はしばしば褒賞を与えている。結果として、殺戮を含む暴力がさらに標準化され、兵士の間に巣くう。

今後も続く「消耗戦」
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