今年4月6日に87歳で亡くなったメディア業界の風雲児、テッド・ターナーは頭脳明晰でしたたか、何よりも幸運の女神に愛された男だった。
彼の名はまずもってケーブル・ニュース・ネットワーク(CNN)の創業者として歴史に刻まれるだろう。
同局の放送開始は1980年。世界各地の動きを瞬時に伝えるニュース専門局の誕生で、国際情勢への人々の理解は格段に深まった。その功績はテレビ業界にとどまらず、彼はジャーナリズム、さらには世界に対する人々の認識を変えた。
創業当初のCNNはジョージア州アトランタのかつてのカントリークラブに「世界本部」を置くオンボロ所帯。既存のニュース番組のベテラン記者からは、CNNは「チキン・ヌードル・ネットワーク」の頭文字を取った略称だ、などとからかわれたものだ。
だがCNNは80年代半ばまでに黒字化を達成。ソ連が崩壊し、湾岸戦争が勃発した91年には、現地取材と速報性を誇る唯一無二のメディアとしてアメリカ、そして世界にその名をとどろかせていた。
ターナーはその先見性を評価され、91年にはタイム誌の表紙を飾る「今年の人」に選ばれた。彼のアイデアから世界中の人々がいま起きている事態を同時に見守る報道空間が生まれ、CNNはニュース配信で3大ネットワークの視聴率を奪うライバルとなった。
24時間体制でニュースを発信する世界初の放送局CNNを立ち上げ
ターナーのビジョンは複数の要因が作用したおかげで実現した。幸運もその1つ。父親から受け継いだ遺産を元手に折よく革新的な新技術を開発できたこと。さらには連邦政府の介入もプラスに働いた。
例えば米連邦通信委員会(FCC)が62年にテレビのUHF受信を義務付ける「全チャンネル受信機法」の成立を後押ししたことだ。おかげで多くのローカル局が放送事業に参入。ターナーは70年にアトランタとノースカロライナ州シャーロットのローカル局を買収し、それを基盤にメディア帝国の構築に着手した。
70年代半ばまでには、ケーブル事業者向け衛星通信コストは大幅に低下。ターナーはローカル局でも全米向けの放送ができる好機が到来したとみて、衛星通信およびケーブル事業者と協力関係を築いた。この関係を利用して79〜80年に24時間体制でニュースを発信する世界初の放送局CNNを立ち上げたのだ。
創業後の数年間は赤字続きだったが、ケーブルネットワークを通じて有料の契約者に24時間ニュース映像を届けるというアイデアには既存メディアも着目。81年にはCBSの幹部2人がひそかにアトランタに飛んで、ターナーにCNNの買収話を持ちかけた。
ターナーは自分の経営能力込みなら「売ってやる」と言ったが、CBS側が51%以上の株式取得、つまり経営権を求めたため交渉は決裂。4年後に今度はターナーがCBS買収を試みたのは有名な話だ。
ターナーはアメリカのメディア史に燦然と輝く遺産を残した。CNNの成功はFOXニュースなど競合局の誕生にもつながった。
今では世界中の人々が昼夜を問わず地球のどこかで起きたニュースを当たり前にチェックしている。それはターナーがCNNを設立するまで、誰も想像できなかった光景だ。
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Michael J. Socolow, Professor of Communication and Journalism, University of Maine
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