タクシーが待てないから自転車に飛び乗った

いったん靴を脱いでしまうと、靴はもう履けなくなり、左足の靴を脱いだまま、踵でペダルを踏んで自転車でなんとか整形外科へ向かった。

普通はタクシーを呼ぶのだろうけれど、タクシーが到着する時間さえも、待っていられない激痛に変わっていた。痛みに耐えながら、病院までの距離も足をついて歩けそうにない。体重をかけない自転車なら、なんとか痛みを我慢しながらたどりつけそうだ。もう、人の目など気にしていられないくらいの痛みだったのだ。

整形外科の先生は、腫れた左足の小指の付け根を見て、すぐにこう言った。

「レントゲンも一応撮影してみるけれど、多分これ痛風かなー」と。

きっと僕のような痛風の発作症状で、内科でなく整形外科に来院する人は多いのだろう。

「え! 痛風???」

先生の口から、意外な病名が出て、面食らう。

「血液検査で尿酸の値を調べます。レントゲンも念のため撮影してみるけれど、これは痛風っぽい腫れ方だねー。とにかく血液を採取して帰ってください」

先生は、調べる前からほぼ確信を持っているような口振りでさえある。

「え⁉ 痛風?」

「そうだねー。お酒は飲みますか?」と先生。

「飲みます」

「どのくらい?」

「毎日、瓶ビールを1~2本くらいと、ワインや日本酒を少し」

「量はそんなに飲まないよね。見た目も痩せ型だけどね。プリン体って聞いたことない?」

「あの、プリンに含まれるやつですよね?」

「いや、レバーとか、魚卵とかに多いんだよ。心あたりない?」

「はあ。実は最近、レバーばかり食べてました。ビールと一緒に」

「じゃあそれだな。夏は多いんだよ。痛風の発作。今年みたいに暑いと、余計に汗かいて脱水気味になるでしょ。すると血が濃くなってね。いっぱい食べたプリン体は、尿からしか排出されないんですよ。まずは水いっぱい飲んでください。痛風はそれ以外に、痛みが引くのを待つしかないんです」

痛風は贅沢おじさんだけがなるものではない

ショックだった。自分はそんな病気とは無縁だと思っていた。痛風とは、脂ののったおじさんがなるものだと思っていた。これは偏見に満ち溢れた物言いだが、痛風とは、会社の経費などで毎週、寿司と、焼肉と、イタリアンと、たまにクラフトビールのお店をローテーションしているようなおじさんたちがなる病だと思っていた。

こちらも十二分なおじさんであるが、フリーランスのカメラマンとして生きていると、社会の枝葉末節でかろうじて生息しているような存在である。よって接待はゼロ。団体に所属した人が受診できる定期検診もゼロ。血液検査を最後にした時さえ覚えていない。

「体だけが唯一の資本」と、週に4回はプールで泳ぎ、体重はプールの体重計で計測し続け、20年間で増減はほぼなし。それが、自分は成人病などとは無縁なはずだという唯一の根拠で、ボクサーが見えない方向から来るパンチでノックダウンしてしまうのと同じように、病院での痛風宣告に、もろにショックを受けてしまったのだった。

心あたりのあることばかり
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