VOICES コラム&ブログ
BLOG ブログ

ワールドカップ「退屈」日記

負けても、歴史はつくられた

2010年06月30日(水)18時56分

 プレトリアでパラグアイ戦を見て、車で約1時間かけてヨハネスブルクに帰ってきたら、ちょうど次の試合が始まる時間になっていた。スペイン対ポルトガルという好カードである。

 午後8時半だが、おなかが減っているようで減っていない。でも大きな画面で試合を見たいから、ホテルに隣接するショッピングモールにあるレストランに行くことにする。3〜4軒のうちのどれかという選択肢だ。ほかに行きたければ、ヨハネスブルクではタクシーを使わなくてはならない。

 ファンにとっては、この2チームがラウンド16で当たるのは、楽しみでもあり、つらくもある。どちらかがここで消えるのだから。

 ファミレスのメニューに毛の生えたくらいのラムチョップをビールで流し込みながら、試合を眺める。この好カードと、日本とパラグアイの対戦がワールドカップの中で同じ段階にあったという事実をかみしめる。スペイン−ポルトガル戦と同じく、日本かパラグアイのどちらがここで負けなくてはならなかった。

 負けたのは日本だ。この試合では、多くの日本人が忘れない場面が生まれた。PK戦で失敗した駒野友一の涙だ。

***


 試合が行われたプレトリアは、とてもきれいで落ち着いた街だった。おまけにスタジアムの近くまで車で行ける。ヨハネスブルクにある2つのスタジアムとは大違いだ。決勝の会場でもあるサッカーシティーでは、車を降りてから45分も歩かされた。

 プレトリアへ向かう途中、横に並んだ車から声をかけられた。デンマークのユニフォームを着た人たちが手を振っている。「ニッポン!」と叫んでいる人もいる。デンマーク戦についての記事にも書いたが、デンマーク人は本当にいい人たちみたいだ。

 地元・南アフリカの人たちの間でも、日本の支持率は高かった。顔に日の丸のペインティングをしている人が、パラグアイの国旗をつけている人よりも、はるかに多いように見えた。

sized南アファン1.jpg


sized南アファン2.jpg

 何人かに「どうして日本を応援してくれているんですか」と聞いてみた。「日本はいいサッカーをしているから」というような答えがとても多い。これは社交辞令として割り引いて聞いたほうがよさそうだ。ただ単に、パラグアイの国旗より日の丸のほうがシンプルでペイントしやすかっただけかもしれない。

 しかし、日本代表の何かが地元ファンにアピールしたことはまちがいなさそうだ。PK戦に入ってから地元ファンの吹くブブゼラは、明らかに日本をサポートしていた。

***


 ワールドカップの開幕から南アフリカにいるから、大会期間中の日本の空気を体感できていない。けれどもネット上で目にする情報から、日本が「盛り上がった」ということはよくわかる。

 パラグアイ戦の朝、ネットで見た日本の新聞には「歴史をつくる」「歴史を塗り替える」という表現が頻出していた。この試合に勝って、いまだ経験したことのないベスト8に進めば「歴史」がつくられるという言い方だった。

 日本は敗れた。だが、それでも「歴史」はつくられた。

 僕たちはサッカーの大きな試合のたびに、日本サッカーの歴史をたどる映像を見せられている。アジア最終予選の韓国戦でフリーキックを決める木村和司(1985年)、ドーハのピッチに崩れ落ちるラモス瑠偉(1993年)、ジョホールバルで岡野雅行がゴールを決め、ベンチを飛び出す岡田武史監督(1997年)。敗れた後、芝に仰向けに寝そべる中田英寿(2006年)......。そんな映像に、僕たちは程度の差はあっても、なんらかの感情移入をする。感情移入できる人が「日本人」といっていいかもしれない。サッカーの歴史は、国民の歴史と深くからみ合っている。

 だから悲惨なゲームがあると、国民のアイデンティティーが揺れ動く。たとえばイングランドは、ドイツに1−4と惨敗して大会を去った。イギリスにはナチスドイツの侵略から民主主義を守り通したという自負がある。だからイングランドにとって、ドイツは「絶対に負けられない相手」なのだが、その宿敵に大敗した。

 いつもは代表選手を "Our Boys" と呼んで、愛国的にサポートするイギリスの大衆紙までが、この敗戦を厳しく批判している。「サッカーはシンプルなスポーツだ。22人がボールを追い、最後にドイツが勝つ」と言ったのは、元イングランド主将のガリー・リネカーだけれど、イングランド代表はこの言葉を体現しつづけている。この歴史はイングランド人のアイデンティティーに、何かをもたらさずにはおかない。

 駒野友一の涙は、それとは違う。もっと前向きな何かを伝える歴史のひとコマとなる。これからワールドカップ予選のたびにテレビで流れる彼の涙を見て、僕たちは日本サッカーと日本人の歴史をおさらいすることになるのだろう。

 こんなスポーツはほかにない。サッカーだから、ワールドカップだから、やれることである。

*原稿にする前のつぶやきも、現地からtwitterで配信しています。

ページトップへ

BLOGGER'S PROFILE

森田浩之

ジャーナリスト。NHK記者、Newsweek日本版副編集長を経て、フリーランスに。早稲田大学政経学部卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)メディア学修士。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』、訳書に『「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理』など。