最新記事

スキャンダル

「予防接種で自閉症になる」論文のデタラメ

MMRワクチンと自閉症の関連を主張した12年前の論文がようやく撤回されたが、予防接種を拒否する流れが止まることはない

2010年2月3日(水)18時08分
シャロン・べグリー(サイエンス担当)

疑惑の医師 ウェークフィールドは予防接種拒否運動に火をつけた張本人(写真中央。1月28日、英医事委員会での尋問後の記者会見で)
 Luke MacGregor-Reuters

 子供への予防接種が自閉症の症状を引き起こす──。1998年、そう主張する論文が英医学誌ランセットに掲載されると、欧米各地で予防接種を拒絶する親が激増した。

 あれから10年以上。多くの研究者がこの研究に疑問を呈し、共同研究者の大半が何年も前から論文の撤回を求めてきた。そして今週、ランセットはついに、この悪名高きこの論文を正式に撤回した。

 問題のワクチンは、麻疹(はしか)とおたふくかぜ、風疹を予防する新三種混合ワクチン(MMRワクチン)。論文の共同研究者13人のうち10人はすでに2004年に、ワクチンと自閉症の関連性を否定していたが、主要執筆者の医師アンドリュー・ウェークフィールドは撤回を拒否してきた。今回、ようやくこの論文が科学界から抹消されたわけだが、それは長年指摘されてきた科学的な間違いのためではなく、この研究が倫理基準に違反していたという公的判断のおかげだ。

予防接種拒否で麻疹の罹患率アップ

 一言でいえば、問題の論文はMMRワクチンの接種を受けた子供が数日以内に腸に炎症を起こす可能性があるという内容だ。12人の被験者のうち9人については、接種後1〜14日以内に自閉症の症状も見られたため、ウェークフィールドはワクチンが子供の腸にダメージを与えたと結論づけた。

 ウェークフィールドの複雑な仮説によれば、麻疹の予防に関係するワクチンによって腸に炎症が生じ、そこから有害たんぱく質が血中を通って脳に流れこみ、神経細胞に損傷を与えて自閉症を引き起こすという。

アメリカの自閉症の発生率は2000年には300人に1人だったが、最新統計では100人に1人以上に増えている。ウェークフィールドの論文を機に、自閉症の増加は予防接種のせいだというヒステリーに近い世論が巻き起こり、それは10年以上経った今も続いている。親たちが子供へのワクチン接種を拒んだ結果、麻疹の罹患率は上昇した。

 ただし今回、イギリスで検証されたのは、論文の科学的な正しさとは別の視点だった。

 ウェークフィールドには長年、倫理規定違反の疑惑がついて回っていた。英サンデー・タイムズ紙は04年、被験者のうち数人は、ワクチン製造メーカーを相手取った裁判の担当弁護士の依頼人の子供だったと指摘。さらに、裁判絡みの研究に資金援助をする公的機関リーガル・エイド・ボードから、ウェークフィールドが5万5000ポンドを受け取っていたことも明らかにした。

 こうした報道を受けて、ランセットのリチャード・ホートン編集長は当時、こう発言している。「今わかっていることを当時知っていたら、論文中のMMRワクチンに関する部分を掲載することは絶対になかった。致命的な利害の衝突があった」

ワクチンと自閉症の因果関係は否定されず

 倫理規定違反に関する当時の調査では結局、研究者が罪に問われることはなかった。だが英医事委員会は新たに2年半に及ぶ調査を行い、研究チームが適切な倫理手続きを踏んだかを検証。1月末に出した答えは、ノーだった。

 143ページの報告書は、ウェークフィールドの行為が多くの面で「不誠実」かつ「誤解を招く」ものだったと指摘している。だが重要なのは、彼がランセットに対して、子供の集め方(弁護士を通じて行った)について誤解を招く報告をしており、利害の衝突を否定した論文中の倫理声明が虚偽だったこと。そして、研究の舞台となった病院が、研究の実施を承諾していなかったことだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

豪、35年の温室効果ガス排出目標設定 05年比62

ワールド

CDC前所長、ケネディ長官がワクチン接種変更の検証

ビジネス

TikTok合意、米共和党議員が「中国の影響継続」

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中