VOICES コラム&ブログ
BLOG ブログ

ワールドカップ「退屈」日記

ただいま、ホームステイ中

2010年06月24日(木)10時03分

 ダーバンからポートエリザベスに飛んで、チリ−スイス戦を見た。

 僕の席はバックスタンドのど真ん中、まさにハーフウェイラインの延長線上である。前から7列目だし、言うことのない最高の席のはずだが、ひとつだけ問題があった。僕の席をはさむようにして、右にチリ、左にスイスのサポーターの大群が陣取っていたことだ。

 キックオフの40分前に自分の席に行ったら、僕が座るはずの椅子はチリサポーターに占拠されていた。誰かが椅子の上で叫びながら、ぴょんぴょん飛び跳ねている。すでにたんまりビールを飲んでいるようなので、嫌だなと思いながら、「すみません、7列目ってここだよね」と言ったら、「ああ、わりぃ。わりぃ」と言って、すぐにどいてくれた。この試合はチリに肩入れしてもいいかなと思った。

 チリの人たちは、国歌の演奏のときも元気だった。自分たちの国歌が終わって、スイスの国歌が始まっても、まだ歌っていた。そんなに長いのだろうか、国歌。君が代では、やりたくてもやれないことである。

 その後もチリ人は、ほとんど立ちっぱなしだった。叫び、歌い、飛び跳ねていた。自分たちに不利な判定が下ると審判をなじり、スイス選手がミスをするとスイスのサポーターを指さしてなじる。スペイン語がわからなくても、このタイミングで「ス・イ・ス! なんとかなんとか、ス・イ・ス!」と叫べば、中身は想像がつく。だからスイス人も熱くなって応える。

 すべてのやりとりが僕の列をはさんで行われるから、これはけっこう騒々しくて大変である。紛争地帯に突然送り込まれた、無力な国連査察団の気持ちがわかる。

 この人たちに「今フォーメーションはどうなっているんでしょう?」とか「この選手交代の意図は何でしょう?」といった日本のファンが好みそうな話題を振っても、誰も関心をもたないにちがいない。サッカーをそういうふうには見ていないようだ。チリがゴールを決めたときには、頭の上からビールが降ってきた。

 ポートエリザベスでは一般家庭にお世話になっている。いわゆるホームステイである。学生時代にアメリカで、ほとんどホームステイだけに頼って45日間旅行したことがあるが、たぶんそれ以来じゃないだろうか。

 裕福な家ではないが、貧しくもない。でも、この国で中流と呼べる家なのかどうか、僕にはまだわからない。ともかく温かく迎えていただいている。このステイのことは、あらためてちゃんと書こうと思う。

 とりあえず今は、黒髪をかわいらしく編んだ、この家の5歳の女の子にブブゼラの吹き方を教わっている。南アフリカの敗退が決まり、外ではブブゼラが静かに鳴っている。

*原稿にする前のつぶやきも、現地からtwitterで配信しています。

ページトップへ

BLOGGER'S PROFILE

森田浩之

ジャーナリスト。NHK記者、Newsweek日本版副編集長を経て、フリーランスに。早稲田大学政経学部卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)メディア学修士。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』、訳書に『「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理』など。