コラム

在日パチンコ家族4世代の物語にアメリカ人が共感する理由

2018年03月15日(木)18時00分

一家は戦後日本でパチンコを生業として成功する Issei Kato-REUTERS

<日本統治下の釜山から始まる在日韓国人ファミリー4世代の年代記『Pachinko』に、アメリカ人は移民として差別・迫害に苦しんだ祖先の苦労を思う>

周囲のアメリカ人から「あの本読んだ?」とよく尋ねられる本が毎年何冊かある。韓国系アメリカ人作家ミン・ジン・リーの長編小説『パチンコ(Pachinko)』もそのひとつだ。

韓国と日本を舞台にした、在日韓国・朝鮮人の4世代にわたる年代記なのだが、アメリカでベストセラーになり、2017年の全米図書賞の最終候補にもなった。私の周囲だけでも、義母、娘、娘の婚約者の母親が同時に読んでいて、まるで「読書クラブ」のようだった。それほど、多くの人に読まれている作品であり、読者の評価も高い。

小説は1910年の釜山からスタートする。大日本帝国が大韓帝国との間で日韓併合条約を締結して韓国を統治下に置いた年だ。釜山の漁村に住む漁夫の夫婦は、その運命を黙って受け入れた。「泥棒相手に国を失った無能な貴族と腐敗した母国の統治者」には、それ以前からすでに諦めの気持ちを抱いていたのだ。動揺するかわりに夫婦は身体に障害があるが利発なひとり息子フーニーの将来を考えた。夫婦は息子に学校で韓国語と日本語を学ばせ、仲人を使って見合い結婚をさせ、労働者用の宿屋を経営させた。

フーニーの若い妻ヤンジンは何度も流産を繰り返した末にようやく健康な娘スンジャを得た。そして、働き者のフーニーが亡くなった後も、未亡人は娘の助けを借りて評判の良い宿屋を営み続けた。

スンジャは働くことに生きがいを見出す生真面目な少女だったが、16歳のときに年上の裕福そうな男コー・ハンスーから誘惑されて妊娠してしまう。相手が既婚者だと初めて知ったスンジャは、自分の過ちを恥じ、「結婚はできないが面倒は見る」という申し出を拒否して別れる。

田舎の漁村で未婚の女が妊娠するのは醜聞だ。結核で倒れたときに母娘に看病してもらったことに恩義を感じる若い牧師イサックは、これを神が自分に与えた機会だと考えてスンジャに結婚を申し込む。若い2人は、イサックの兄ヨーセブの誘いで1933年に大阪に移住する。

イサックとヨーセブの両親は裕福な地主だったが、韓国社会の不安定化で経済的な余裕はなくなっていた。大阪では韓国人牧師のイサックが得られる収入はほとんどなく、2組の夫婦は会社に務めるヨーセブの収入に頼ることになった。そのヨーセブにしても、雇ってもらっているだけで感謝しなければならない状況で、そこに付け込まれて日本人より安い賃金で倍以上働かされていた。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story