最新記事

北朝鮮

恨みを抱いた復讐者か、金正恩・拷問部隊の「罪なき妻」を襲った悲劇

2021年10月8日(金)17時41分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載
金正恩夫妻

KCNA KCNA -REUTERS

<金正恩体制において拷問や公開処刑などを担当する「保衛部」は絶大な権力を持つと同時に、人々から多くの恨みを買っている>

世界最悪の人権侵害国家と言われる北朝鮮を末端で支えている組織といえば、安全部(警察署)と保衛部(秘密警察)だ。

特に保衛部は、金正恩体制の恐怖政治を支える役割を担い、拷問や公開処刑、政治犯収容所の運営を担当してきた。

そして、その要員たちは絶大な権限を振りかざし、暴言、暴行は当たり前で、何かに付けて庶民からワイロを搾り取ってきた。

(参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

そんな彼らがぬくぬくと暮らしているかと言えば、必ずしもそうではない。恨みを買って殺される安全員や保衛員は一人や二人ではなく、夜道を安心して歩けないほどだ。枕を高くして寝られないのは、罪なきその家族とて同じだ。

川を挟んで中国と向かい合う咸鏡北道(ハムギョンブクト)の会寧(フェリョン)では、保衛員の妻が無残に殺害される事件が起きた。現地のデイリーNK内部情報筋が、事件の概要を伝えた。

会寧市保衛部に務める保衛員の妻、キムさんは先月28日午前10時ごろ、何者かからの電話を受けた。

「あなたのお母さんに急な出来事が起きた。2万北朝鮮ウォン(約440円)を持って動物園の前まで来てくれ」

大慌てで現金を持って外出したキムさん。ところが、昼食の時間になっても帰ってこないことに心配になった夫が、義母に「そっちに行っているか」と電話で確認したところ、「娘に電話なんかしていないし、こっちに来てもいない」と言われたという。

まるでオレオレ詐欺のような展開に、怪しいと感じた夫はすぐに保衛部と安全部(警察署)に通報した。しかしその直後、ちょうど家を出てから3時間後に、彼女は変わり果てた姿で発見された。遺体はひどく損傷した状態で、麻袋に入れられ、動物園のそばに遺棄されていたという。

コロナによる生活苦でもお構いなし

早速捜査が始まったものの、未だに犯人は捕まっていない。地域住民は衝撃を受けると同時に、怨恨による殺人ではないかとの噂で持ちきりだとのことだ。

「保衛員に恨みを抱いて、その家族を報復の対象にしたのではないか」

「保衛省と保衛部員たちの過剰忠誠がもたらした住民への被害は言葉で言い表せないほど大きく、恨みを募らせた人は多い」

(参考記事:濡れ衣の女性に性暴行も...悪徳警察官「報復殺人」で70人死亡

一般住民を末端レベルで監視し、権力を振りかざしてワイロを搾り取る保衛員は、そもそも嫌われ者だが、コロナ対策としての国境封鎖から1年以上経ち、生活苦に苦しむ人も少なくない中でも、有無を言わさず取り締まりに熱を上げている。

最近は中国キャリアの携帯電話や韓流への取り締まりを強化しており、捕まった人の中には管理所(政治犯収容所)行きとなったり、公開処刑されたりした人もいる。中でも会寧は中国と国境を接している環境から、保衛部の犠牲になった人が少なくない。

また、捕まった本人のみならず、その家族の追放にも保衛員が関わっており、恨みから報復する機会を狙っている者が一人や二人ではないと情報筋は説明した。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 8
    三船敏郎から岡田准一へ――「デスゲーム」にまで宿る…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中