最新記事

欧州難民危機

溺死した男児の写真から5年──欧州で忘れられた難民問題

WHERE’S THE “EXTRA COMPASSION”?

2020年10月2日(金)16時00分
アレックス・ハドソン

クルド人難民の男児アランの名を冠したドイツの難民救助船は昨年8月にもチュニジアからの避難民を救出していた DARRIN ZAMMIT LUPI-REUTERS

<溺死したクルド人男児の写真で目を覚ましたはずの欧州だったが、大きかった「特別な共感」は消え去ろうとしている。移民への反感を募らせる人々から抜け落ちた視点とは>

たった一枚の写真が、世論を変えた。5年前の秋のこと。それまではヨーロッパに押し寄せる「人間の群れ」(当時の英首相デービッド・キャメロンの表現)呼ばわりされていた難民たちが、急に「特別な共感」の対象となった。

2015年9月2日、トルコの海岸に男児の小さな遺体が打ち上げられた。うつ伏せに倒れていた。名はアラン。戦乱のシリアを逃れ、家族と共にギリシャへ渡ろうとしていたクルド人の子だ。8人乗りのボートには16人が乗り込んでいた。だから、すぐに転覆した。一緒にいた兄ガリブと母リハナも死んだ。それでもアランの写真が世界を変えた──少なくとも、当時はそう思えた。

カナダ在住のおばティマも、英BBCにこう語っていた。「神様があの写真に光を当てて、世界中の人の目を覚ましたんだ」

ヨーロッパは急きょ移民政策の見直しに動いた。この年、ドイツは100万人の難民を迎え入れた。

あれから5年。世界は本当に目を覚ましたのだろうか。知られている限りでも、今年だけで300人以上が、リビアから海を渡って欧州大陸に向かう途中で命を落としている。実数はもっと多いはずだ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、8月にも移民・難民を乗せた船がリビア沖で転覆し、子供5人を含む50人近くが犠牲になった。

UNHCRの年次統計報告によれば、意に反して故郷を追われた人の数は昨年末時点で約8000万人。世界の総人口の約1%で、まだ増え続けている。その半数以上は国内にとどまっているが、難民申請の結果待ちをしている人が400万人以上いる。そして難民または国外避難民が約3000万人。主にシリアやベネズエラ、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマーから国外へ脱出した人々だ。

アランの写真が大々的に報じられると、イギリスはシリア難民への関与の姿勢を強化。キャメロン首相は「特別な共感を持つ国として、わが国は今後も困っている人々に救いの手を差し伸べる」と語り、20年までにさらに2万人のシリア難民を受け入れると約束した(この約束は今年で達成された)。

だが世界全体を見渡すと、あの光の神通力は徐々に消えつつある。そして気が付けば、押し寄せる難民の波に対する各国の見方は「歓迎」から「迷惑」に逆戻りしている。

「長続きしないことは分かっていた」と言うのは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で移民とメディアの関わりを研究するミリア・ジョージャウ教授だ。「あの写真で一度は各国の政策が変わったが、何度も見せられると世間は反応しなくなり、メディアの関心も別のところに移っていく。それが世の常だ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

タイ財務省、今年の経済成長率予想を2.2%に小幅上

ビジネス

中国製造業PMI、7月は49.3に低下 4カ月連続

ワールド

米、カンボジア・タイと貿易協定締結 ラトニック商務

ワールド

交渉未妥結の国に高関税、トランプ氏が31日に大統領
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 3
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 10
    中国企業が米水源地そばの土地を取得...飲料水と国家…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中