コラム

防衛費倍増の「コスパ」を考える10の計算式

2022年12月14日(水)14時00分

岸田首相は中長期に渡る防衛費の増額とその財源の一部を増税で賄う考えを表明した Issei Kato-REUTERS

<防衛増税で大騒ぎになっているが、そもそも防衛費増額でどれだけ日本の安全が確保されるのか>

岸田政権による防衛費倍増論は、中長期の国策の提案としては余りにも唐突かつ大ざっぱであり、このままでは合意形成も難しいなかで、政治が混乱するだけのように思います。ここは原点に帰って、防衛費を増額することで、どれだけ国の安全が確保されるかという「コスパ」の観点から議論する必要があると思います。

防衛費増額の根拠としては、まず、

1)相手の軍拡がハイペースで、米日の対策が追いつかず決定的な差が生まれると、相手による実力行使の誘惑が生まれるか、または外交面で著しく守勢に立たされる。国の防衛にとっていちばん大切なのは、抑止力確保による軍事的均衡を常に維持することである。

という計算があると思われます。原則論として間違ってはいません。これに加えて、現在の日米関係には、

2)孤立主義、不介入主義を強めるアメリカに対して、いつまでも軍事費負担を渋っていると、アメリカに左右の超ポピュリズム政権ができた際には、唐突に駐留米軍撤退を通告されかねない。

という隠されたリスクがあります。岸田政権はこちらの方も意識しているのは間違いないでしょう。その一方で、

3)増税による軍拡などという政策は、通常は内閣支持率を大きく損なう。だが、岩盤支持票「しか」残らない低空飛行の場合は、これ以上支持率を損なう可能性は少ないので、居直って進めることが可能になる。国政選挙の谷間であれば余計にそうなる。

という種類の計算も露骨に見えます。もしかしたら、防衛費倍増と引き換えに、岸田政権を「使い捨て」してもいい、そんな意図もどこかにはありそうです。反対に、岸田政権としてはこの問題で強行突破できれば、政権の浮揚になるというギャンブル的な心理も見え隠れします。

リターンのない防衛投資

ここまでは比較的わかりやすい話ですが、そもそも日本が防衛費を増額することの「コスパ」という問題は、かなり複雑だと思います。復興税の充当問題などで大騒ぎする中で、何となく「倍増」そのものは既成事実化しつつありますが、改めて真剣な議論が必要だと思います。以降は、その議論を多角的に行うための問題提起とお考えください。まず、

4)円安が更に加速する前に防衛費を増額して調達をしておきたいが、基本的にリターンのない防衛投資は円安や財政悪化を加速する。結果的に相手と日本の双方が軍拡競争に陥った場合に、ある臨界点を越えると財政的に脆弱な日本は旧ソ連のように破綻に追い込まれる。

5)リターンのない防衛投資は、国債で賄うのではなく増税でチャラにしておきたいと考えるのは甘い話で、増税によって個人法人の負担が増せば、実体経済にはマイナスになり結局は同じかマイナスになる。

といった財政の論議は、財政規律かリフレかという議論とは異なると思います。リターンのない防衛投資は、経済財政政策の枠内には収まらないからです。もちろん、国が守れなければ民間の経済はないわけですが、だからといって軍事費で国が潰れては何にもなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア黒海沿岸でウクライナのドローン攻撃、船舶2隻

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ビジネス

午前の日経平均は大幅続伸、5万円回復 AI株高が押

ワールド

韓国大統領府、再び青瓦台に 週内に移転完了
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 8
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 9
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story