コラム

「ふわりとした民意」はどうやって生まれるのか?

2012年12月10日(月)11時14分

 読売新聞(電子版)の書き方が実に興味深かったので、まずはそれから。

「7日午後5時18分頃、最大で震度5弱の地震が東北地方を襲い、民主党政権に緊張が走った。」

 野田首相はこの時は都内を遊説していた最中だったわけです。同記事によれば、「池袋、渋谷、蒲田の各駅前での街頭演説を終え、目黒区の東急東横線・自由が丘駅に車で向かう途中」で地震に遭遇したのだそうです。その地点は「同駅まで400メートルの場所」だったそうですが、首相が乗った車は「直ちに、サイレンを鳴らした警護車に誘導されて」官邸に戻ったのです。何のためでしょう?

 記事によれば「首相は午後5時49分、官邸に到着し、記者団に「(危機管理を)今、徹底します」と語った。5階の執務室に陣取ると、防災担当者から地震被害や現地の危機対応に関する説明を受けるなどした。」のだそうです。要するにそのために官邸に戻ったのです。

 厳密に言えば、どうして首相は官邸に戻ったのかといえば、(1)官邸執務室に戻り、(2)恐らくは作業服に着替え、(3)担当者から説明を受ける、ためであり、これに加えて(4)以上の3点をちゃんとやっていると報道陣にアピールする。それ以上でも以下でもないと思います。

 勿論、東北で地震が起きたという報を聞いて、野田首相は緊張したでしょう。第一報の時点では津波の可能性が報じられていましたし、大きな被害が出れば大変なことになります。総理大臣として緊張したのは当然だと思います。ですが、事態の推移は刻々と首相の元には入っていたと思われます。官邸に戻ったのが地震から31分後だとすれば、少なくとも最大震度は5であり、津波も軽微であったことは到着前に知らされていたはずです。

 野田首相は記者に「(危機管理を)今、徹底します」と語ったそうですが、それはこうした緊急事態においては総理大臣が取るべき「形式」というものがあり、その形式を自分はキチンと踏まえますよ、という宣言でありそれ以上でも以下でもないわけです。繰り返しになりますが、5時49分の時点では、地震の揺れ、津波の双方ともにインパクトは軽微であり、原発などの状況に関しても問題なしという情報は入っていたでしょうから、以降は完全に儀式であるわけです。

 私はこうした本質論とはズレた儀式性というのには基本的には否定的な立場ですが、このように多くの人間の生命や財産に危険の迫るような大災害に関しては、仮に「間一髪で大丈夫だった」というケースであっても、首相が形式に従って儀式的に振る舞うことを全く不要だとは思いません。大きな組織になればなるほど、本質論に基づいた自発的な行動の集積よりも、秩序だった行動のほうが生産性が高い場合が多いからです。軽微な事象の場合にも、そうしたクセをつけておくことは悪いことではありません。

 では、最初の読売の記事に戻りますが、この文面にある「緊張が走った」という意味をどう解釈したら良いのでしょうか? 私は「大災害になるのではと緊張した」という意味ではないと思います。というのは記事全体としては「担当者から説明を受けるなどした」という官邸に入って以降の「儀式」が完結したことを結論としているからです。

 つまり、この記事にある「民主党政権には緊張が走った」というのは、「総理が公務を離れて選挙運動をしている時間帯に危機が発生し、そのために危機管理の対応が遅れたことで大きなイメージダウンになっては大変」という緊張感を、野田政権として感じたに違いないというニュアンスで受け止めるべきでしょう。

 では、以降の「(31分後の)5時49分、官邸に到着し(中略)担当者の説明を受けるなどした」という記述には、「総理は迅速に行動して、その懸念は払拭された」というニュアンスがあるかというと、そんなプラスの評価はないわけです。突き放したような筆致で「防災担当者から地震被害や現地の危機対応に関する説明を受けるなどした」という風に記事をまとめている中には、どうせ被害が軽微と分かった後での儀式的なパフォーマンスだろう、という冷ややかな視線も感じられるのです。

 全体としては、「選挙運動という公務外の行動をしていた現職総理大臣が、危機管理の初動に遅れては大変と緊張して右往左往している」ということを、冷たく突き放して見ている、そんな視点が感じられます。

 たぶん、大阪の橋下市長が指摘し、今回の選挙で問題になっている「ふわりとした民意」というのは、こうやって形成されていくのだと思います。この記事を読んだ人は、(1)現職の総理が利己的な非公務活動である選挙運動を行なっているのが不誠実に見える、(2)その現職総理が危機管理の遅れを批判されまいと必死になる姿は冷ややかに見るしかない、という理屈としては意味のない、しかし漠然とした印象論、まさに「ふわり」とした感情論を持ってしまうのです。

 同じようなことが、バラエティ仕立ての情報番組や、ネットの口コミなどで、様々な形で大量に発生しているのでしょう。それが今回の選挙の特徴であるように思います。候補者や各陣営はそうした「ふわりとした民意」に逆らうまいと必死になるのは仕方がないのでしょうが、ジャーナリズムの責任というのは、その「ふわり」を製造したり濃厚にしたりするのではなく、その構造を明らかにし、時にはその非合理性を指摘して「綿菓子をペシャンコに」するように潰すことではないかと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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