コラム

「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイランは想定していたか──大空爆の3つの理由

2024年04月17日(水)19時30分
イスラエルへの攻撃を祝福するイラン人たち

ミサイルの模型と国旗を掲げ、イスラエルへの攻撃を祝福するテヘランのイラン人たち(4月15日) Morteza Nikoubazl via Reuters Connect

<13日夜から14日未明にかけて行われたイスラエルへの大空爆。効果の低い攻撃を仕掛けたイランの意図を探る>


・イランがイスラエルに300発以上のドローンやミサイルを打ち込んだが、そのほとんどは迎撃された。

・イスラエルの安全保障専門家は「空爆でイスラエルに実害を与えることが困難」とイランがわかっていた公算が高いと指摘する。

・だとすると、いわばショーのような大空爆は、軍事的な効果より政治的な意味合いの方が大きかったといえる。

イランがイスラエルにこれまでにない規模の空爆を行ったが、ドローンやミサイルのほとんどは迎撃された。しかし、 “空爆の効果は低い” とイランが想定していた可能性も指摘されている。だとすれば、なぜ今イランは大空爆に踏み切ったのか。

300発以上の前例のない空爆

イランは4月13日夜から14日未明にかけてイスラエルを空爆した。

約170機のドローンと120発余りの弾道ミサイルを用いたこの空爆は、これまでイランが行ったことがないほど大規模なものだった。

イランとイスラエル、そしてアメリカとの対立は根深い。

イランは1979年のイスラーム革命以来アメリカと対立し、その支援を受けるイスラエルとも敵対してきた。1980年代以来、レバノン南部を拠点とするイスラーム組織ヒズボラはイスラエルと衝突を繰り返してきたが、このヒズボラを支援してきたのがイランだ。

さらに昨年からのイスラエル・ハマス戦争では、ヒズボラだけでなくイエメンのフーシ、そしてガザを拠点とするハマスなど、イスラエルと敵対する各地の勢力(いわゆる「抵抗の枢軸」)が、イランの支援を受けていると言われる。イラン政府は公式にはこれを否定している。

また、イラン隣国のイラクやシリアでは昨年以来、駐留米軍に対するイランのドローン攻撃が相次いでいた。

 “成果は乏しい” と想定していたか

とはいえ、イランがイスラエルを直接、しかもこれほど大規模に攻撃したことはかつてない。

そればかりか、イランの攻撃は軍事的な効果はかなり限定的だった。ドローンやミサイルのほとんどは、イスラエル、アメリカ、ヨルダンなどの防空システムによって迎撃されていたからだ。

イスラエル国防省によれば “99%” 撃墜されたという。独立以来、周辺国との間で戦火の絶えなかったイスラエルの防空システムは世界屈指のレベルにあり、あながち誇張でもないだろう。

しかし、ここでの問題は「損害をほとんど与えられない」とイランが予測していた可能性だ。

イスラエルの諜報機関モサド出身で、現在はイスラエル国立安全保障研究所に勤めるシーマ・シャイン研究員は英ロイターの取材に「イスラエルの防空システムが非常に強固であることも、ほとんど損害を与えられないことも、イランは考慮していたと思う」と述べている。

さらに、イランが大きな軍事的アクションを起こすことは、事前に広く察知されていた。

実際、各国政府は事前に現地在住の自国民や観光客に警戒を促し(理由は後述)、多くの航空会社がイスラエル便をキャンセルするなどの対応をとっていた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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